会員さまの寄稿 独身(40代 男性 未婚)⑤

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対人関係の訓練をできれば

私は自分が「発達障害」ではないか?という疑念を抱いています。
その理由は対人関係がうまくいかない、コミュニケーションの仕方がまずい、そのため仕事が長続きしないとか。
この会を通じて少しでも対人関係の訓練をできればいいな、と考えて入会しました。
よろしくお願いします。


母は、障害者で車椅子でした

母は、障害者で車椅子でした。
私が10歳の時、母の介護と育児に疲れ果てた父が、「自分にも幸せになる権利がある!」という言葉を残して、家を出て行きました。
それから母は、箸も満足に持てない程の不自由な体で、それでも必死に私を育て、やがて寝たきりになりました。

母ひとり、子ひとり。
子供を置いては死ねないと思い、 病と闘って闘って闘って…。
だけどいつだって明るく、何があっても絶対に負けない母。
その母が先日、亡くなりました。

あまりに突然の事で、心の準備も覚悟も何ひとつ出来ないままの別れでした。
生まれて初めて知る、本当の悲しみと孤独。
それはまるで、自分の人生までもが終わってしまったかのような深い闇でした。

そんな絶望の日々の中、偶然なのか運命なのか、私は今まで一度も気付くことさえなかったものに出会うのです。
月刊ボラナビそしてお独り様会
自分と同じような人がいるということ。
互いの痛みがわかるからこそ、共に心から笑い合える。
そんなあったかい仲間達とめぐり会うために、私は出口を見つけようと思う。
手を伸ばそうと思う。


次年度の更新手続きをしました

先週、次年度の更新手続きをしました。
まだ、オフ会未経験ですので、これから参加して行こうと思いますので、皆様よろしくお願いします。
さて、そのオフ会ですが、新参者には正直敷居がものすごく高く、一歩踏出すのを躊躇している人は私だけでないと思います。
そこで、参加された方の報告などあればすごくありがたいです。
事務局からも報告はありますが、参加者の視点で、「集まった人の年代や性別」とか「こんな話で盛り上がった」とか。
個人情報を脅かさない範囲であれば、何でもいいのでは?
よろしくお願いします!!


お正月はどうでしたか?

お正月はどうでしたか?
私は独りで映画三昧でした。
千葉で一本。
「ひまわり」ソフィア ローレン主役で有名ですね。
銀座で 3 本。
「サラの鍵」「エル ブリの秘密」「無言歌」
独りで映画を観るのは好きですが、たまには、仲間で出掛けたいものです。
映画はハリウッド系よりも、ヨーロッパ作品の方が落ち着いて鑑賞出来ますね。
本当は少ない連日なので、遠出しようと思いました。
年末の疲れで近場で過ごしてしまいましたね。
では、お元気で。


現在 介護の仕事をしてます

現在 介護の仕事をしてます。
まだまだ介護の仕事ではキャリア不足ですが…年齢的にも、男性と言う事もあり、雇ってくれるのも難しく、給与も安いです。
趣味はスキーやビリヤードなど
趣味の合う人が周りにおらず お一人様ですが1人では楽しめなく寂しい思いもしてます。
仕事に遣り甲斐を感じたいのですが…難しい。
せめてプライベートでも充実させて仕事のモチベーションを上げていきたいと思ってます。
幸せって何だろう。と思う日々が続いています。


女性とお付き合いしたことが、ほとんどありません

今まで、女性とお付き合いしたことが、ほとんどありません。
同性の友達もいなく、毎日が寂しい思いをして、もし、友達、又は、お話し相手ができれば、今より楽しく人生をやり直しできると参加しました。


夜の羊蹄国道を車で走行中

去年の二月、夜の羊蹄国道を車で走行中、私のミスから運転席を下に横転。
車は横倒しのまま、凍結路面を駒のように回転しながら滑っていった。
対向車線では、数台の車が連なって向かってくるところだった。
センターラインをはみ出したら衝突する。これで死ぬのか、と覚悟した。
しかし同乗する母がいる。ぶつからないでくれ、と必死に祈った。
幸運にも、車はラインをまたぐことなく静止。
たまたま通りかかった多くの人が助手席のドアを上から開けて、母と私を助けだし、横倒しの車を起こした上、その間警察や救急車の手配もして下さった。
私と母が無傷だったことを確かめたその人たちは、お礼の言葉を繰りかえして頭を下げる私たちに、「よかった、よかった」と笑顔を見せて去っていった。

次に十二月、ボランティア活動の現場で、私は突然意識を失って倒れた。
徹夜で仕事を片付けて、無理に出かけた朝だった。
偶然そばにいた方が異状にとっさに気付いて支えてくれたらしく、頭は打たないで済んだ。
やがて意識を取り戻して目に入ったのは、私を手当する何人もの仲間だった。
その後、医務室に運ばれたあとも、ベッドで横になった私を交替で何時間も見守り、帰りは私と自宅の近い方がタクシーに同乗して送って下さった。

どちらにせよ、ほかの誰でもない自分のつまらない不注意、不摂生から起きたことだ。
恥じるしかないと思う。
それを一面識さえない通りすがりの人たちや、普段親しくする仲間の善意で私は助けられ、今こうして無事に日々を過ごすことができている。

順番が後先になりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。
昨年お会いできた方、またできなかった方も、今後ともよろしくお願いします。


周りの親や兄弟の面倒をみて生きてきました

今まで周りの親や兄弟の面倒をみて生きてきました。
父親は自分が若い頃に亡くなり身内の苦労を背負って頑張ってもきました。

最近自分自身の家庭や家族が欲しくなってすごくさみしい時があります。
お相手には、そんな苦労を少しでも理解してくれる優しい方にめぐりあいたいです。


あまり結婚願望もなく、この年にまでなりましたが

あまり結婚願望もなく、この年にまでなりましたが、そろそろ老後のことを考えるようになり、入会を決意しました。
老後への準備のひとつとして、いろいろな人たちとの親交を深めたいと考えています。
結婚相手をなんとしても見つけると片意地を張らず、のんびり自然体にて、異性はもとより同性の方たちとも交流していければと考えています。


人見知りの性格ゆえ、人と接するのが苦手です

人見知りの性格ゆえ、人と接するのが苦手です、そんなことで自然と単独行動になってしまいます。
一人で旅行やコンサート、動物園に行ったりファイターズの応援にも行きます。
この年齢になると人恋しくもなり、仲間と楽しそうにしている人達を見ていると、とても羨ましく思います。
自分もそんな仲間を作りたいなと、お独り様会に入会しました。
よろしくお願いします。


オフ会に出られないのでツラいところです

オフ会に出られないのでツラいところです。
何だか、お独り様会の中で、独りになってゆくような気がします。
独りでいる時間が長いと、話しをしないわけです。
同世代、それ以外の人も、何を考えているのか解らない日々です。
自分が何を感じて、何を考えるのが正常なのかさえ解らなくなることがあります。
孤独感は結婚によって救われるのでしょうか?
皆さんは独りでいるとき、何をしていますか。何を考えていますか。


望んで今まで独りできたわけではありません

代表の森田さんが、「お独り様会感謝ブログ」の中で「孤独死」について書かれていました。

私も二十年くらい前のこと、葬儀関係の花屋の仕事をしていた時に、古いアパートの一室でそのような現場を見る機会がありました。
依頼を受けて、亡くなった方への弔いの花を届けに行ったのです。直前に、ご遺体はすでに運び出されていましたが、遺品の整理とあと片付けが始まったばかりで、そこで人が暮らしていた気配は、まだそのまま残っていました。

初めて感じる死臭というものが部屋中にきつく漂っており、その場に長くいることはできませんでした。ご遺体があった場所の一部の畳は色が変わっていて、ひどく湿っぽかったことを覚えています。
それまで思っていた想像だけの「生死」の観念を越えた、「人の身体が自然に朽ちてゆく」という、古典の今昔物語の中の記述にでてきそうな、想像することしかなかった出来事が、身近にもあることを初めて実感しました。

何かの事件現場のあとを目にしているような凄惨さも感じました。
そして、亡くなった方の心境を思う時には、とっても悲しい出来事だと思いました。
そういう社会であることも含めて。

私が見た火葬場では、無縁者、身元不明者のご遺体が、火葬の順番待ちをする部屋は別になっていました。殺風景な小さな部屋で、寒々としたブロック壁だったように記憶しています。
もちろん小部屋の中には、ご遺体の入った棺おけ以外には、別れを惜しむ人の姿は全くありません。
そこへ、公共の費用で、心ばかりの生花が供えられるのです。
ブログを読んでいて、そんな昔の出来事を思い出しました。

そんなことも、過去の記憶の中の出来事だけで済ませられないような、最近の自分自身の境遇ではありますが。
私とて望んで今まで独りできたわけではありません。
二十代の頃には、普通に結婚したいと思っていましたから。
四十代になってからは結婚情報サービスにも登録し、お見合いパーティーにも何度か参加しました。

以前には考えたこともなかった、高齢の親の入院や介護に伴う生活の制約や精神的な負担を、最近は感じ始めております。
親とはずっと折り合いが悪く、離れて暮らしていた期間も長かっただけに、こういう状況になって、「家族とは何なんだろう」と改めて考えてしまうこともあります。

「しゃぼん玉ノート」の皆さんの記述を読みながら、「独り」でいるということの意味を、様々な角度から考える日々ではあります。
この会に参加させていただいたことをきっかけに、私自身でも、自分の生き方を考え直す良い機会になればと思います。
ただ、何年か前に自分のルーツ探しをした時から、自分の感情とは全く別の視点からの想いも持ち始めました。

先祖代々続いてきた家系を、自分の代で終らせていいのだろうかということ、更には、先祖から引き継いだ墓地が無縁になってしまったなら、今後誰が守ってゆくのかということについては、私自身の責任としていつも結構真剣に考えています。

それらのことについての答えは、何も見出せてはいません。
でもまだ、家系が存続することを自分から諦めて、放棄したわけではありません。
今後、いつかどこかで、良いご縁があるかもしれませんし……、無いかもしれませんし……。


なかなか眠れない深夜に書いています

なかなか眠れない深夜に書いています。
この会に入るきっかけというと…「1人はいいけど独りは嫌」というごくごくありふれた理由でしかないのかとふと考えます。
ネットでつながっている人やたまに飲む友人はいるけど、なんかそれだけじゃつまらないとも思い、一月いろいろ考えて決断しました。
どんな出会いがあるんだろうかとワクワクする反面、今でも不安があります。
「自分を受け入れてもらえるだろうか」
毎日同じように過ごす日常よりもちょっと何かが加わると、どんなに楽しいことか…毎日思ってきました。
ノートを見てお一人お一人それぞれの人生があるんだなって思いました。
そのノートに自分の文が加わる時、どう思うんだろうか?深夜の静かな時間にふと考えています。
でもそんなに人のことを気にしても、という気持ちもあります。もっと人生を楽しみたいですし。
いろいろ揺れ動く自分ですが、せっかく入った会なので楽しみたいと思います。


離婚、死別でお一人になっている方が多い事を知りました

2度目の投稿です。
他の方の文から、離婚、死別でお一人になっている方が多い事を知りました。
私にはない悲しみを抱えているのでしょう。
お話を聴くくらいしか協力できないような気がします。
私は仕事も一人でする事が多いです。女性との付き合いもなければ、友達付き合いもありません。
結婚していない、という一人というより、いつでも一人です。
定休日がない仕事のため、出掛けることもありません。


日々の暮らしは自宅内でほぼ完結する

中学を出るとともに家を離れ、独り暮らしが始まった。

元より人を積極的に求める性分ではなく、学生時代も、実社会に出てからも、ごく限られた人間関係の範囲で、それなりに自足した生活が続いた。
まして十年前に会社勤めをやめ、自宅でパソコン相手のフリーの仕事に専念するようになると、他人と接する機会はますます失われた。

日々の暮らしは自宅内でほぼ完結する。誰との会話もない時間が数日続くことも珍しくない。
といって、それを別段寂しいとも不満だとも感じることなく過ごしてきたのは、やはり性格的なものだろうか。
父を亡くしたり、恋人と呼べる女性と別れたり、痛切な喪失感を味わった経験は一度ならずあるものの、その埋め合わせを別の他者との交わりに求めようとは思わなかった。
心の拠り所は、子供の頃から専ら書物だった。

多くの人にとって当たり前にある他者との多様な交わりというものが、私には欠けていた。
遅ればせに、これはいけない、と考え直して頭に浮かんだのは、ボランティア活動に参加することだった。
ある団体のスタッフに応募して加わったのは、今年の春である。

初めてのボランティア活動は、期待以上の刺激をもたらした。
性別も世代もばらばらな大勢のスタッフに交じり、いわば無名の一員として等価的に扱われることが心地よいのだ。
私の名前もまだ知らないだろう初対面のスタッフが、同じ団体の一員というだけで、心安く声をかけてくれ、私の言葉に反応してくれる。
長らく自分に欠落していたものが取り戻された。

この活動は、秋にはひとまず小休止となる。
私は別のところを探すことにした。インターネットで検索して、すぐ目に触れたのがボラナビだった。
サイト内に「お独り様会」が出てきた。
内容を読んでいくなかで、これは俺のことだ、と思った。


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