会員様の寄稿(40代 男性 死別)

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5 年前に妻を農作業中の事故で…

私は、5 年前に妻を農作業中の事故で亡くしました。
この 5 年間、自分を責め、自分を見失いそうな時期も少なからずありました。
それでも妻の分も、3 人の子供らを立派に育てなきゃと必死に頑張ってきました。
そして…今年の 3 月に、一番下の娘が高校を卒業します。
これを期に、少し自分の事、先の事を考えていたら「お独り様会」の存在をしりました。
亡くなった妻の母親の後押しもあり、まずは参加してみようと思いました。
自分の気持ちがどう動くのか……
やっぱり動かないのか……
それはわかりませんが…男女問わず、この会を通じて沢山の人と出会い、その中で大切な友達、大切な人が見つかれば良いのかなと思っています。
どうぞ宜しくお願いします。


3年前に妻を亡くしました。…

3 年前に妻を亡くしました。子供も無く喪失感だけが残りました。
突然一人になり、心のさみしさは言い表し様がありませんでした。
仕事で孤独を紛らわしても、家に帰ると時間が止まっています。
自分でもこのままではいけないと思っています。
前を向いて再出発のきっかけを探したいと思います。


『僕に手があって良かった』…

『僕に手があって良かった』
『僕に目があって良かった』
強力な痛み止めと睡眠薬で朦朧とする妻の姿を脳裏に焼付け、体を触り、手を強く握りながら思っていたことです。
そして臨終
案外、私の心は穏やかで、苦しみから解放された妻の顔に向け『ありがとう』と言い続けた事をよく覚えています。
よく晴れた風の強い日でした。
人生が自分の選択した道の積み重ねだとするなら、私が 15 年前に亡き妻と出会い生活を始めたことも自分で選んだ道の一つ。
こんなに辛く苦しい将来が待っているとは予測もつきませんでしたが、初めから自分で選んだ事だったのかもしれません。
自分の人生の責任みたいなものを感じつつ、
半年前の出来事をいつまでも決して忘れてはいけない事のような気がしています。
『僕に記憶があって良かった』


妻が肺ガンで亡くなりました。…

会員の皆さん初めまして

一昨年程前になりますが、妻が肺ガンで亡くなりました。
健康診断を毎年欠かさずに受けていたのにもかかわらず、発見時には既に手遅れの状態であり、一年程の闘病生活の末の事でした。

その時の私は、看病の疲れからと、大切な人を失った悲しみで、生きる希望も気力も無くなり、まさに心に大きな穴が開いた状態でした。
さらには、夫として妻の病気に早く気付いてやれ無かった罪悪感と後悔の念、また、何故自分達がと言う悔しい思い、そして、私自身も高校生の頃に自転車事故に遭い辛く苦しい経験をした自らの運命について、絶望と悲しみから、いっそのこと死んだほうが良いのではと悩み苦しむ地獄のような日々を過ごしていました。

その後は、暖かく見守り励ましてくれた家族や職場関係や友人のお蔭で、けっして忘れるわけではありませんが、過ぎた悲しい事ばかりに思い留まるよりも、今この時を大切にし、そして未来へ進むことが大事だと思うようになり、前に向かって歩み始めるようになりました。

妻との別れでは悲しみばかりでなく、人の気持ちを分かり、人を思いやる気持ちを大切にする事を学びました。
大切な(相手の)命と大事な(自分の)命があるという事も。

今は、体を動かす事や出歩く事を意識しています。もともと運動とかは嫌いでは無かったのですが、仕事が忙しかった事もありしていませんでした。
ただ家でじっとしていても心が晴れるわけでなく寂しさに悲しむだけなので、外へ出て何かをしているときの方が、気持ちが明るくなり、心が軽くなることに気付いたからです。

そして最近は、他の誰かと共に楽しむ事ができないか、多くの新しい人との出会いやふれあい、繋がりを築きたいと言う気持ちが強くなってきました。

その様な中、この会を知り、同じような境遇を持っている方や新たな仲間との出会いを作りたいと思い入会してみました。

お友達になりませんか、よろしくお願いします。

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