会員さまの寄稿 独身(60代 男性 離婚)④

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製本をお手伝いさせていただきました

6 月 7 日、しゃぼん玉ノート 6 月号の製本をお手伝いさせていただきました。

今回で 3 度目なので製本の流れ的なものは理解していましたが…です。
それは今回の参加者は 3 名の小数先鋭?
(いつもは 5 人位)、この作業は人海戦術で、頭数が勝負である。
いつもの倍位の時間がかかりました。

この会は会員みんなが自分のできる範囲内で運営に参加していくものと思っています。
次回からお独り様会のホームページに「製本ボランティア」として実施日が載っていますが。
どうですか?ワイワイ意外に楽しいかも。

この 7 月号が皆様に届く頃には、私が幹事の「銀河庭園を散策するオフ会」は終わっています。
参加された皆様には、透き通るような青空の中、色々な方と出会いバラの香りを満喫し、リフレッシュされたと思います。色々お世話になりました。
「然に非ず」だった!御免なさい。私の行いが悪く大雨になってしまって…。次回をお楽しみに!!

「JTB 北海道」の山田さん。
私は旅行が好きでよく中国雲南省や沖縄に行きますが、団体旅行は、どうしても家族単位が多く、お独り様は何か寂しく見られるのが嫌で、ほとんど 1 人旅です。
参加したいツアーがあれば行きたいと思っていますが、1つ気になることがあります。

「宿泊は基本 1 名 1室」です。1 人旅で寂しいと思う人は 1 人で宿泊することと思います。
したがって「宿泊は基本 4 名1 室」でどうですか?
寝るまでワイワイ、安くなり参加者も増えるかも…。

6 月 2 日の遅いランチ交流会、楽しかったですネ。
白幡さん大変お世話になりました。
112 番さん、趣味が同じで驚きました。「趣味ではない?」プロの作品拝ませて下さい。
194 番さん、足に無理をかけないで楽しんでください。銀河庭園のオフ会残念です。
284 番さん、赤外線通信でのアドレス交換教えていただきありがとうございました。この年になるとどうもメカに弱くて…。
着物姿の 311番さん、なかなか。少し淑(しと)やかに見えたかな?
470 番さん、今日はミュージカル、明日は演劇鑑賞と毎日楽しいですね。羨ましい。
野菜ソムリエ?の 480 番さん、私の畑へ出張指導をお願いします。指導料は現物デス。
572 番さん、2 次会お世話になりました。
皆さん、またお会いしましょう。


オフ会「馬追丘陵の里山散策と春の野で食事」

5 月 26 日開催で企画したオフ会「馬追丘陵の里山散策と春の野で食事」、見事開催できました。
未明の雨降りでしたが集合時間までに上がり、歩き始めるころには最適の環境になりました。
車参加者から道に迷った連絡が 2 件入りましたので、案内地図次回への参考にします。
幹事含め 14 名でした(男性 5・女性 9)。
10 名上限と広報していましたが断るのがつらく増えてしまいました。
ウォーキングと食事会のスナップを添えます。賑々しい雰囲気が伝わりますか。


生きている間に知り合える人の数は知れたもの

「お独り様会」に参加させていただくようになってから何とはや 8 ケ月。
2 度のオフ会と、掲示板でのお付き合い。そして 3 度目の投稿です。
人間生きている間に知り合える人の数は知れたもの、そう思うと入会して良かったなと思います。
ある時、中国の方に聞いたことがあります。中国語で「楽しかった」とは何て言うんですか?と。
「(我)開心了」と教えてくれました。心を開くと書くわけですね。
(初回の投稿でも書きましたが、いま中国語の勉強を始めています。
未だヨチヨチ歩きで兎に角(とにかく)、覚えたはしから忘れていくので若い方とは違い、なかなか上達しません、トホホ)
私も「お独り様会」で、心を開いて話せるような方と一人でも多く出会えるよう心掛けて行こうと思っています。


弘前で花見をしてきました

「40 才以上の居酒屋」オフ会常連の Mr.ケイです。
しゃぼん玉ノートに、ようやく 3 回目の寄稿となりました。

5 月 1 日から 3 日にかけて弘前で花見をしてきました。
弘前ではホテルが全て満室であったため青森での宿泊で片道 1 時間かけての実弟との花見見物と洒落込みました。
青森のホテルに戻ってからは近場の居酒屋で・・花よりダンゴ・・地酒の飲み比べが出来るということで数種類を飲み比べてみましたところ、「ん」というお酒が口当たりも良く美味でありました。
その 3 日間共、弟が運転手で私はバスツアーの客同然のスタイルで、津軽海峡春景色を満喫して参りました。

5 月の下旬に至っては私の山菜取りの体が疼き単独、レンタカーを借りて石狩地方の奥地を目指して運転中、ある農道の一旦停止すべき見通しのいい十字路で中途半端な減速で通過したところ、遠方で見張っていたパトカーは(一瞬ニヤリと笑ったかに見えた)赤色灯を点滅させ・・・後はご想像の通り・・・高価な山菜を味わうこととなりました、その味は当然・・にがかったです(?)。
時、同じ頃居酒屋オフ会で顔見知りのK 氏から 6 月に 40 才以上の居酒屋のオフ会開催しないのかと電話での問い合わせ、私は幹事ではないのです!常連ではありましたが・・(居酒屋 222 ニイサンになってしまった)

6 月は K 氏のご指摘の通り 40 才以上の居酒屋オフ会のない、酒の年間休閑月と捉えた私は自分の好きな小説家、乃南アサの分厚い文庫本が机の端に積読(つんどく)のままになっているのでこれを期にこれらを読破して、活字と睨めっこの初夏を乗り切り 7 月以降の居酒屋へ再び Go と意気込んでおります。

オフ会を一時であっても楽しく、 positive に過ごそうではありませんか!
会員の皆様今後とも宜しくお願い申し上げます。


23 年余りの結婚生活に終止符を打ちました

平成元年に再婚、 しかしご多分に漏れず些細なすれ違いから昨年 23 年余りの結婚生活に終止符を打ちました。
長男は私と、長女は妻の元で生活し、この春長男は東京の希望大学に進学しました。
長女とはメールで連絡を取り合っていますが、 歯がゆさ否めません。
結果、お独り様を絵に描いたような味気ない生活をしています。

長男との生活で目標達成のため我武者羅(がむしゃら)に初めての弁当作りから一身腐乱で走ってきましたが、今、長男が抜けた心の穴の大きさと正気を保つ難しさを改めて痛感しています。
虚脱感から明日への希望を持つことも中々厳しく、 難しいものが有ります。

そんな折、11 年の8 月朝日新聞にNPO法人「お独り様会」の記事を目にして代表の方に電話をしましたが、ためらいが有りました。
でも朝日の耕論で再び入会者の声を読み、背中を押してもらいました。
語れる友を求めて。


しゃぼん玉ノートの製本を手伝ってきました

4 月 7 日しゃぼん玉ノートの製本を手伝ってきました。

数日前事務局の村上さんにお会いした時、しゃぼん玉ノートの話になり「何か大変な作業だがオレにもできそう」と思ったのと、この会に入会した以上、与えられるものだけでなく、自分で行動しなければこの閉塞感から脱却できない、思っていたからです。

製本作業は、当初 1 時からだったが印刷機の故障等で遅れ、作業が始まったのは 3 時ごろ、1枚ずつ印刷された原稿を重ね合わせ、折りたたんではパンチで孔をあけ、紐でとじ封筒に入れるという単純作業だったが、ほとんど立ちっぱなしで黙々と手を動かすのみ。
お茶を飲み、菓子を食べながらのんびりとは思っていなかったが、こんなに過酷とは…
肩が、腰がなどと言う暇もなく、森田代表の「休憩なし」の叱咤で(森田さんゴメン。「やさしく激励」に訂正)、大体作業が終わったのは、6 時半を過ぎていた。

お蔭で心地良い疲労感と満足感からおいしくお酒をいただきました。ありがとうございました。
それから、折りたたむ作業と封筒にセロハンテープを張る作業に「雑だ」とご立腹された方、私がやりました。ごめんなさい。

4 月号を読みました。多くの方が入会され、それぞれの思いを綴った内容に感動や共感また涙もあり、私の人生を重ねてしまいました。
1 歩前進です。楽しく生きていきましょう。一度しかない人生ですから。

私、7 月に初めてオフ会を開きます。
私の住んでいる花の街「恵庭えこりん村で銀河庭園を散策するオフ会」です。
この時期、イングリッシュローズやフレンチローズ等の気品溢れる600種類のバラが皆さんを待っています。
お花を通じて出逢い、心を癒してくれる、たのしい 1 日であってほしい。
よろしくお願いします。


友人の「カー吉」について

皆さんこんにちは。今日は友人の「カー吉」についてお話します。

私もそうですが、カー吉はカラスなんです。彼は自分のことを野良ガラスなんて呼んでます。
ノラ猫とかノラ犬とかいうあのノラです。そういえばノラ人参だとかノラごぼうなんてのもありますね。
門倉有希が歌う「ノラ」ではありません、念のため。彼は私のように家族や家庭がなくて気楽な立場なので、自嘲的自虐的にそう言っているようです。

彼は言います。「一羽暮らしだって良いとこいっぱいあるんだよ。
例えばよ、飯を腹いっぱい食ってな、腹が張ってきたときなんかさ、誰気兼ねなしに片尻上げて思いっきりブーッてしたりできるしな」。
そういえば、そんな風に格別大きなのを出した時などは、彼は気持ち良さそうにニンマリ笑うのでした。そんな時の顔は、あのトトロに似ています。

他にも良いことあるかと訊いたら「他にもいろいろあるさ。例えばよ・・例えばだな・・・、まぁ後で教えてやるよ・・」。
どっちにしても、どうやらあまり沢山はないようです。

彼は言います。「逆に困ることォ?。アンタもなかなか意地が悪いな。 それだってまぁ、いっぱいあるわな。思いがけなく美味そうな肉がいっぱいあるのを見つけて一人占め(1 羽占か?)している時、始めはウハウハ喜んでアズマシい気持ちで食っててもな、腹一杯になると思い出すんだよ、子ガラスのことをな。

俺だって十何年か前までは、ツガいの相手もいたし、子もいたんだ。
そんな時にな、可愛い娘ガラス一緒だったら、これ美味しいねとかトウちゃんとかって喜んでくれるんだろうなってなぁ。
今じゃ周りに誰もいねぇしな、自然とこの頃じゃ独り言が増えてきたみてぇだなぁ・・・」

あ、もう決められた時間がきてしまいました。
まだまだ話したいことがあるのですが、続きは次の機会にしたいと思います。


自己紹介前回ノートの補足

*でございます。

昨年の 11 月(しゃぼん玉ノートVOL50 2012 年 5 月号8)にデビュー以来、居酒屋オフ会の参加に忙しく居酒屋オフ会の梯子、梯子を繰り返し、このノートに寄稿することも忘れ半年振りのご無沙汰で、春の暖かさに目覚めてようやく2度目の寄稿と相なりました。

私と一緒にオフに参加された諸君!
そして楽しそうにカラオケで顔を輝かせ美声を聞かせてくれた淑女、紳士諸君!カラオケするようにその後も元気に頑張っていますか?
さて、私の自己紹介前回ノートの補足をしよう。

29 才で結婚以来 49 才まで札幌に住居を構え 49才で再度東京に転勤、会社勤めを 60 才でリタイヤし 63 才で結婚生活をリタイヤ、一昨年再び札幌の地に完全なる単身赴任となり戻って参りまして、早 22 ヶ月が過ぎ去りました。
離婚したことは身内の2 人と元同僚の1 人に打ち明けたのみで、他の元同僚や先輩、後輩には公表していません、円満協議熟年離婚であっても、この辺の話になると辛いものがあります。

お独り様になってからの 22 ヶ月では「社会との繋がりを」と思い、キャリアバンクに足を運び各種就業資格を取得させてもらいました、札幌シルバー人材センター、札幌市在宅福祉サービス協会の協力会員にも登録し、週1日のボランティアに参加しています。
前回触れました希望転居住居の件ですが、自治省の宝くじ並みに当たらぬ市営住宅申込に、今だに挑戦を続けております。

「なせば成る、なさねば成らぬ何事も・・」と思いつつ挑戦してはいるものの、当選した暁にはこの世の人ではなくなっている可能性も否定できません、あと 2 年挑戦し、駄目であれば有料老人ホームの選定に入るとしようか・・・とは言え衣食住あてがいぶちのお世話を頂くのは今の所ご遠慮申上げたい。

50、60 鼻ったれ まだまだ若い(つもり)成年後見人として無償労働、自宅での株式トレード、You Tubeでの音楽鑑賞、70 才代を主力とするパークゴルフ同好会月 2 回の参加、ボランティア、そしてアバウト月 1 回の 40~居酒屋参加、これでもまだ体を持て余しています。

今年は旅行、とりわけバスツアーがいい、独りじゃ物足りない気の合う何方か相棒(希望者募集中)がいて数日間のトリップがいい、この秋までに相棒探しとするか 40~居酒屋で?・・。

新たな「縁」と「絆」を求めて

新たな「縁」と「絆」を求めて

長年関って来た福祉関連の仕事を辞めて、半年間程、図書館通いの日々が続いていた。
ある週末の帰り際、入口に所狭しと並べられていたパンフレットの中に「ボラナビ」を目にした。
「久しぶりだなぁ~」と思わず手に取った。
障害児のキャンプ等で良くお世話になったなじみの冊子が妙に懐かしく思えた。
歩きながら開いたページに「お独り様会」の紹介が目に飛び込んで来た。

「無縁社会」、NHKがこの現代社会の一側面を取り上げて放送していた事や自らもそれに類する本を数冊読んだりもした。
しかし、自分がその対象者や予備軍になる可能性への実感はなかった。
というよりも、そう思いたくなかったのかもしれない。
仕事では「共に生きる」と唱えながら、自分の生活やライフサイクルの中で、いつの間にか「縁」とか「絆」を束縛と感じ、自らそれを切り取ってしまっていた。
…今更ながら様々な後悔が頭の中をよぎる。

「もっと素直になろう! 孤独感や人恋しさを抱くことは恥ずかしい事ではない」
「未だ自分の中に残っている人とつながろうとする力」これを今度こそ大切にしていこう。
こう思った瞬間「お独り様会」への入会がためらいなく決意できた。

温泉めぐりや登山への参加、ハウスシェア実現に向けた仲間との語らい等々。
ボラナビが提案してくれた「つながる場」の中で新たなコミュニティと「縁」の形を積極的に作り出して行きたい。


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