会員さまの寄稿 独身(60代 男性 離婚)⑦

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30数年間独身生活を

初めまして。

私は昭和17年2月1日生まれの 69歳の男子ですが、9 月号のボラナビを、拝読致して入会を申し込みます。

30数年間独身生活を今日まで送ってまいりました。
いつの日か良い女性とめぐり逢いたく、今日まで 1 人淋しく送って来ましたが、残り少ない人生にもう 1 度幸福な生活を心から望んで居ますから、どうか宜しく御願い致します。

私の過去の妻は、私が関東の方に冬期間仕事に行って留守をした時に、妻は苫小牧市に住んで居たヤクザと肉体関係を致し、それが原因で離婚致しました。

そして私は苫小牧市から、札幌市で現在生活致して居ります。
私は札幌市で、大型トラックの運転手や土木作業員を致して来ましたが、今は腰を悪く致して失業の身ですが、どうか結婚を前提と致して、心の優しい女性を求めて居ります。

私は短性ですが、良い所は竹を割った様な男です。
そして面倒見が良く、子供が大好きな男です。

此れから、宜しく御願い申し上げます。

乱文乱筆にて失礼致します。


笑い(ユーモア)

先人いわく、人生に必要なもの三つ~「勇気と希望といくらかのお金(サムマネー)」。

しかし私はそれに「笑い(ユーモア)」をつけ加えたい。
とくに老後になると、病気への免疫をしっかりつけるためにも日々の生活で笑うことは欠かせない。
私のささやかな体験(後期高齢者との一年間のルームシェア生活)でも、じっさい毎日一度は彼女がお腹をかかえて笑いころげるよう小話を用意すべく、頭を振り絞った。
落語家かお笑い芸人と暮らしてるみたいだ~と喜んでくれたと思う。

何も笑わすネタがない?そういう場合は、朝,オハヨーと挨拶して「きょうもキレイだね!」と続けるのがいい。
シャベリはタダなので、口から生まれたと言われるくらいでちょうど良い。
これが本当のリップサ-ビス!

実例その 1;イ-アス札幌のスポーツクラブでの話~一日券の利用で昼いったん食事のため、外出して戻ったさい、ロッカーの鍵をもらうべく、その番号を~「64番!北国の春!」と告げたら、受付の女性から大ウケだった。(次回は「18 番!浪花節だよ人生は」と続けて考えた!)
・・・・参考文献「五百分の一の奇跡」ノーマン・カズンズ著


お話し相手が居ればと思っています

夕張出身です。

18歳で東京に出て働きました。
58歳の時にリストラに会い 退職して北海道に帰ってきました。

恵庭で中古マンションを買い再生活を始めました。
昨昨年まで 山歩きを楽しんでいましたが、体に不調があり、現在は 体育館に行き汗を流しています。

昨年 ある方と結婚しましたが、上手くいきませんでした。
お話し相手が居ればと思っています。


ゼロからの再出発をと考えて

1999 年 9 月に協議離婚をした。

当時の私は多重債務で苦慮していた。
そんな様子にあきれて妻は別居し、数ヵ月後に離婚届にサインをした。
責任は百パーセント私にあるので、持っていた唯一の不動産(宅地)の権利証・実印などを妻に渡した。

私はゼロからの再出発をと考えて、翌年、裁判所に自己破産の手続きを自分一人で行なった。
5 ヵ月後にそれが認定され、肩の荷がおりた気分。ともかく金銭のことでは今後、絶対にひとに迷惑をかけないことを心に決めた。

一人になると時々「さみしいでしょう?」と問われることがあるが、私には、孤独さよりも、すべて自分一人で決められるので、そのことのほうがうれしいといった気持ちが強かった。

そうした日々のなかで、出会いがあり、1 年前には UHB テレビ「のりゆきのトークで北海道」の取材をうけ、高齢者の恋愛として放映された!
しかし後日談があり、現在はまったくのフリーとなった。

あらためて、結婚を考えていたところ毎月愛読している月刊ボラナビに、お独り様会のことが、のっていたので、応募したしだいです。

今回の大震災のこともあり、人生には想定外のマイナスのことがおきうるわけなので、最悪、孤独死(孤立死)をさけるためにも、パートナーは必要だと思っています。結婚という従来の形式にとらわれなくても、ルームシェアはもとより、共同の生活のさまざまな部分で、シェアし合うことが、必要ではないかと思う。

先日、私も高齢者になり、およそあと 15 年の余生を大事にすごし(て)いきたいとつくづく考えている。

人生は 1 回かぎりだから。

ペンネーム かのう しこう


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