会員さまの寄稿(70代以上 男性 離婚)

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後半の人生を思い切り楽しむために…

後半の人生を思い切り楽しむために、1 人より 2 人の方が楽しいと思い入会します。


交流の機会を通して、自身の活力や…

交流の機会を通して、自身の活力や絆を育み、より多くの学びや、友達を作りたい。


人はいくつになっても…

私は、人はいくつになっても、人らしい努力を積み重ね続ける生き物と思っています。
私、さいわい健体ですので、常に前向きに明るく、強く、しあわせを願って頑張っていきたいと思う者でございます。
入会に際しましては、会員の皆様との出会いの折はよろしくお願いします。


ある人の言葉…

ある人の言葉(名前は忘れた)人は一生のうちで必ず一度は花は咲く!!
若い時に咲くのか、晩年になるか、それは、わからない。
私は今まで咲いたという実感がないので多分これから咲くのだと思う。残りの人生とにかく楽しくすごしたい。


カナダのオタワとモントリオールに…

昨年の「しゃぼん玉ノート」の 7~9 月号にカナダのオタワとモントリオールに居住していた頃の回想記を寄稿しましたが、夏の過ごし易いシーズンのことが中心になりました。
冬のことには触れませんでしたが、冬の寒さは札幌以上に厳しいものがありました。それでも暖房設備は完備されていたので、部屋の中は暖かく過ごせました。しかし、外出する時には防寒着や冬靴は極寒に耐え得るものが必要でした。札幌の寒さはカナダの冬に較べれば暖かいというのが、こちらに帰ってきたときの感想であり、そう思えば札幌の冬も耐え易いものになりました。

時は流れて、現在の私は定年の年齢を過ぎており、仕事というよりは趣味を楽しむことを中心とした生活をしております。以前の仕事は電子工学や物理学の分野での研究や教育でした。今は読書が趣味の中心であり、物理学も趣味として楽しんでおります。必要にせまられて料理もやり、食材などの買い物には車を使っています。その他、温泉に行ったり、カラオケをやったり、英会話に行ったり、どうやって時間を有意義にまた楽しく使おうかとそれなりに考えています。

仕事は理系でしたが、若い時は文学青年でもあり、人間としての幅を広げることも大切だろうと考えて、いろいろの文学にも親しんだものでした。例えば印象深く心に残っているものの例を幾つかあげると、20 代、30 代では、夏目漱石の「三四郎」、「それから」、「こころ」。ゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修業時代」。バルザックの「谷間の百合」、「ゴリオ爺さん」。スタンダールの「赤と黒」などです。また、40 代、50 代では寺田寅彦の「随筆集」。福沢諭吉の「福翁自伝」、「学問のすすめ」。サマセット・モームの「サミングアップ」、「短編集」。トルストイの「アンナ・カレーニナ」。ドストエフスキーの「罪と罰」などでした。60 代以降では自己啓発に役立つものを読んだり、もともと好きであった物理学に関するものを読んだりして楽しんでいます。

私はもともと孤独はあまり好まず、楽しくお付き合いのできる関係が周りにあれば良いと思っています。このように心に思い浮かぶことをとりとめもなく書きつづるのも気恥ずかしい気持ちではありますが、悪くはないと思います。上記の本を読んだことのある方、その感想などを思い付くままにお送り下されば、それぞれの読書の感想の交換などするのもまた楽しいかと思います。どうぞよろしくお願いします。今回はこのくらいにしますが、お読み下さり有難うございました。


「文は人なり」という言葉があります。…

皆様、「文は人なり」という言葉があります。これはご存知のように「文章を見れば書き手の人柄が知れる」という意味ですね。

私がこの会を選んだ理由のひとつは、皆様の書いた文章を読むことが出来て、それによって多くの方々をより良く知れると思ったからです。ところが残念ながら、投稿する人がごく限られております。「しゃぼん玉ノート」を読んでもそれほど多くの方を知ることが出来ません。これは残念なことです。どうか皆様、もっと投稿してみてはいかがでしょう。それによって良い出会いに恵まれる機会はもっと増えることと思います。

最後にもう一言。私は洗礼を受けたクリスチャンではありませんが、読書は好きなので、最近機会があって、聖書を手にして読み返してみました。そこで何故か心に残る言葉が二つありました。
それは「人を裁くな」という言葉と「汝の敵を愛しなさい」という有名な二つの言葉です。これをオフ会の2次会で言ったところ、数人の女性にそれは無理だと言われました。そう言うのももっともで容易でないことは確かですね。しかし、この精神をはじめから諦めてしまっては世の中の争いが収まることはありません。これも困った問題です。例えば、彼氏や彼女と喧嘩した時にはこの精神が必要ですね。時と場合によるかもしれませんが、少なくても「相手を許す」精神は必要ですね。

この会の皆様もどうか「理解と寛容」の精神を大切にして、より楽しいお付き合いの出来る会にしていきましょう。


釣り友達やパークゴルフの友達は…

釣り友達やパークゴルフの友達は、それなりにいて、楽しく過ごしています。
週 1 日はアルバイトをして、そこでも会話があり充実しています。しかし、夕方以降は空虚な毎日で、テレビとお酒の毎日です。時々、弟と呑みに出かけることはあります。
冬は、釣りもパークゴルフも無くなるので、春まで淋しい生活となります。
子供は 3人いて、二女だけ結婚していて札幌にいます。長女も、長男も東京で生活しているので、話し合ったり、時々飲食できる友達(できれば女性)がいると楽しくなれると感じています。


狭小住宅に暮して 1 年

「狭小(きょうしょう)住宅に暮して 1 年」

私は 60 歳になった時、当時の資格~ホームヘルパー2 級を思い切って取得した。
すぐサ高住(サービス付き高齢者住宅)に勤務し、65 歳の定年まで、なんとか、がんばった。
その後、今の高齢者共同住宅に勤めたところ、去年 5 月に、そこでの住み込み(宿直の仕事)+ 食事つき…という好条件をあらためて提示されたので、即決で OK した‼

そこの住まいが本日のテーマである。~とても狭いワンルーム(6 畳)+ロフト(3 畳)という造り。
それまで 2DK で、まったりと暮らしていたと大違い。急ぎ、ベッド、本棚、エアロバイク、マッサージチェアなどをどんどん処分した。ちなみに今回の引っ越し料金は、赤帽軽トラック1台(1時間4千円)という安さ。
「起きて半畳(はんじょう)、寝て一畳(いちじょう)」と昔の人は、一人のひととしての、ミニマムな暮らしぶり&生き方をいったものだが、少しは、わかる気がしてきたところ。まるで「方丈記(方丈とは一畳四方のへや…四畳半ほど)」の世界のようだ(またまた古いなあ)。

時節柄、着なくなった冬物は、取りあえず、ロフトに放りあげて、その後、そこで昼寝をする際に入居してから取り付けた 2 本の突っ張り棒に掛けておく。
ムダがないやり方…と自画自賛しては毎日過ごしている。

ここは東に面した 2 階なので、明るい日ざしのさす出窓からは、すぐ向かいの野球公園に集まる保育所の子どもたちや犬の散歩に来た人々をながめては、飽きない。
白石区のサイクリングロードの桜も、きれいにさいている。
あと 2 年くらいは、なんとか、この状況を維持して、将来に備えて、せっせと励んでいきたい


愛犬マルチーズが…

平成 13 年生まれの愛犬マルチーズが先日抱いていたら突然“クタ”となり死んでしまいました。
知人から血統書付きと言うことで当時、私が 60 才のときに貰ってから 10 年以上寝食を共にしていきた利口な犬でしたが、人間なら 80 才で大往生だとも言われましたが もしお独り様会の会員の中で同じく犬をかっている会員で・・・小型犬の夏冬の服、遊び道具、排便排尿時の新聞半分大シート 160 枚、外出する時(トリミング)などのケージをどなたかもらってくれる人がありましたら無料で譲りますので連絡頂ければ幸いです。


「しゃぼん玉ノート」雑考!!

「しゃぼん玉ノート」雑考!!

この号で 72 号が発行された文集を 2011 年 4 月から、すべて手元にとってある私は、毎月はじめに届けられるこの小冊子を読むことも、自ら投稿すること(今まで30数回、投稿してきた!)も、大きな楽しみのひとつである。

さて、これからは「しゃぼん玉ノート」トリビア!!trivia(雑学的知識)

もっとも入会者の人数が多かった月は?

2012 年 4 月号(Vol.12)会員番号 401~524、計 125 名の入会。
この号のページ数はなんと!p92というボリューム。
その製本作業を私も手伝ったが、1 冊とじるのに普通のホッチキスでは刃が立たず、パンチで穴明けをして、とじひもでしばって完成。
結局 2 時間くらいかかって、ようやく作業が終わったという記憶がある。

ちなみに最近号は p24~28 ほどで扱いやすくなっているけどね・・・・。


目は口ほどにものを言う…

目は口ほどにものを言う、又目は心の窓ともいう。
しかし口からの言葉によらなければ正確な意思は伝わらない。
強く言いすぎては気分を害す、
気づかいばかりしていては心の内に入りこめず相手を理解できない。
“さてどうしたものか”
『自分自身カラにとじこもらず、自然体でいこう』
と思うにいたった。


現在一人ぐらしで、カルチャー等に加入して…

現在一人ぐらしで、カルチャー等に加入して寂しさを紛らしてはいますが、音楽や絵、観劇等一人で楽しんでも、いつも孤独で二人で共に楽しむ事ができたらと、毎日悩む日々を暮しています。
年令を重ねる程、その想いが強くなるばかりです。
できればお友達、お茶飲み友達からでも交際したいと思っています。
趣味を共有し、共に喜び、共に悩みを打ち明け話をできる人と、早く人生を送っていけたらどんなに良いかと思う毎日を過ごしています。
若い時と相違して、なかなか結び付く機関がなく、最初は趣味を通じて友達からお互いにコミュニケーションがとれて行ければよいと考えております。
条件は特にありません。お互いが納得していければ第二の人生をより幸福に送りたいと思います。
どうか宜しくお願い致します。


一人暮らしとなって20年過ぎましたが…

一人暮らしとなって20年過ぎましたが、若い時は仕事に熱中している事で、一人暮らしの云々は気にする事はほとんどありませんでした。
しかし仕事もなく毎日が日曜日のようになった近年では、 虚しさばかりが気になってきました。
さらには孤独死などのニュースを見ると急に身近な事に思えてくるようにもなりました。
幸いに健康には恵まれ、さしあたりの不安はないものの、何をするにも一人であることに楽しさ美味しさは半減し、虚しさ切なさが倍増することが身に沁みるようになってきました。
それを紛らわせるため観光ドライブ、キャンプ、バイクツーリング、スキーなど外に出ることをやっていますが、やっぱり一人の寂しさが募ってきたり自己嫌悪に陥ることもあります。
新聞でこの会を知り、この虚しさを消化できる糸口でも見つけられればと思い入会を申し込みます。


私の思い

私の思い

この度、ボラナビ倶楽部発行の「お独り様会」の案内パンフレットを入手することが出来てたまらなく嬉しく思っているところで御座います。

私は、平成3年7月に伴侶と離別しました。
ときに、長男は大4、二男は高1、三男は中1と、息子たちにあっては、正に母親の心の温もりを必要とする養育期の最中にありながら、一転して父子家庭に…

そこには、家庭らしい温もりの中で過ごさせてやれない侘しい不びん極まりない日々が始まりました。
要領を得ない家事の始まりと、早朝4時30分には飛び起きて、息子たちの身のまわり、持ち物の点検、掃除、朝食の仕度、弁当つくり(当時北広島市は、中高校に給食なし)、登校の見届け、自分の出勤そして退勤、夕食の仕度、洗濯…とその日の家事を終えるのは、いつも夜中の 12時近く
…こうした日々が永く繰り返されて行くこととなりました。
中でも長時間かけてつくり、持たせた弁当も、ほとんど手をつけずに持ち帰る日が誠に多く、これは、父、子ともども心を痛め続けた最たるもののひとつでありました。

しかし、不幸は重なり、あの年(平成3年)から10年後の平成13年の12月に*本社に勤務中の長男が急死してしまいました。
その間に、二男と三男は、父子家庭にありながら、それなりに精進を重ねて(医療系の)大学を卒業し、今は専門職として、2 人とも札幌市内の病院に勤務し、それぞれ家庭を築き、日々を楽しく過ごしているようで(家庭らしい温もりの中で過ごさせてやれなかったことを不びんに思いながら)2人の息子たちの今日を嬉しく思っているところで御座います。

本年は伴侶と離別して20年目、長男が他界して10年目となり、節目の年とも思われます。
再婚のお話しをいただいたこともありましたが、息子たちとの絆を第一に考え、「自立するまでは…」とあれこれ考え、取り組んでおりますうちに、定年退職の日を迎え、その後の嘱託勤務も平成22年9月30日を以て終了してしまいました。

今は、毎日がお休みの(共済)年金の生活を送っておりますが、人生、このままでは、終え難く、人々の輪の中に入れていただいて、色々なことを学び、エネルギーをいただきながら、燦然と輝く日々を切り拓いてまいりたいと思い「お独り様会」への入会をお願いするに至りました。

何卒よろしくお願い申し上げます。

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