会員さまの寄稿 独身(70代以上 男性 死別)⑥

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たくさんの人が同じ思いを持っていることを知りました

入会の動機はNHKの番組で、世の中には私の他にもたくさんの人が同じ思いを持っていることを知りました。
ぜひ文集を読んでみたいと思いNHKに会の所在を教えて貰い、会員になることが条件と聞かされ入会しました。

年齢は 1932 年生まれの男性です。
4年半前に妻に先立たれ、以来一人寂しく生活しています。
突然のことでしたので家事をしたこともなければ何がどこに有るかも分からず途方にくれました。
キッチンにたったことも無く食事を作る術を知りませんでした。

現在は何とか自分流に食べられるようになりました。
一人になって身体に変化が出てきました。
それは不眠症という恐ろしい症状と、何日も人と言葉を交わさない日が続くと声が出づらくなったことです。
以前はカラオケ大好きだったのに歌が歌えなくなってしまいました。
不眠症は病院へ行くと眠剤を出すだけでした。
身体に悪いものと思い、漢方薬や風呂に入る時間を調節したり、寝る時間を早くしたり遅くしたり、自分なりに工夫をして約2年がかりでようやく何とか眠れるようになりました。
家にいてもマイナス思考になってしまうといけないと思い出来るだけ外に出るように心がけていますが、結局買い物をするだけになってしまいます。

人間一人では生きていけませんので、新しい人間関係を持ちたいと思い入会して、趣味趣向が同じ方がいらっしゃればお付き合いをさせていただきたいと思います。

好きなものは旅行、写真、音楽、美味しいものを食べること、などです。
ゴルフは今まで50年やってきましたが仲間が亡くなったり、病気で体力が落ちてやめたりして出来なくなり、私も昨年でクラブを置きました。

年齢は会員の方のなかでは多い方ですが今のところ健康です。
旅行も年1回のヨーロッパ、年数回の国内旅行に行っています。
海外旅行は言葉の壁がありツアーに頼りますが、国内はどこへでも一人でプランをたてて、シニア空割を利用して出かけています。

こんな私ですが会員の方の中でお友達になってくださる方がおいでになれば嬉しいです。


孤独で侘しい日々を過ごしてまいりました

私は平成13年に妻を病気で失い、今日まで孤独で侘しい日々を過ごしてまいりました。
そして気がつくと早や 10 年余の歳月が流れていました。

一人娘は 29 年前に嫁がせました。幸い近郊なので何かと心強く思っています。
しかし娘には義理のご両親がいらっしゃるので、私は常々自分の身は自分で何とかするから、そちらのお父さん、お母さんを大切にしなさいと申し、あえて娘に余計な心配・負担をさせないように考えています。

いま、あらためて過ぎた年月を振り返ると、さまざまな出来事が走馬灯のように脳裏をかすめ、また巡ります。
本当にここまで来るのは長かったと実感しています。

妻は闘病生活 3 年、二人三脚で、ひたすら回復を唯一の目標として夢中で療養介護に努めてまいりましたが、残念ながらその願いはついに叶うことはなかったのです。
その時の精神的衝撃は非常に大きく、胃腸障害や不眠症など体調に異変が生じました。

でも長い時の流れや経過によって徐々に孤独の生活にも慣れ、今は何の不思議も疑問もなく、ひたすら自身の体調管理に専念している今日この頃です。

しかし、加年とともに気力や体力が弱まり、つい臆病になってしまい、さらには寂しさ侘しさが募ってくるような気がしてなりません。

最近は私のような孤独者を取りあげた報道、本の記事が多く、昨年NHKで放送された『妻に先立たれた男たちの悲嘆』は誠に悲惨で、その殆どが、私の想いと同様でした。
私はそれを拝見し、私はこれまで多分に本音を隠し、平静を保って無理をしてきたような気がいたしました。

世間には私と同じ境遇の方々が数多く、孤独に苛まれながら健気に頑張っていることを知り、男女の差こそあれ、その苦しみや寂しさは誰もが同じで、これからはもっと素直に胸襟を開き、同じ悩みや苦境を語らい、少しでも目前が明るくなるような生き方をしていこうと考えました。

そんな時期『ボラナビ倶楽部』を知り、私たちのような境遇者に救いの手を差し延べて下さることを資料で拝見し、さっそく入会させていただきたく申込いたします。

よろしくお願い申し上げます。


お独り様の前途は明るい

お独り様の前途は明るい

妻を天国に送って7年目になった。
留守番をしながら面倒を見ていた孫たちも高校生、大学生となり、ことばをかわすこともほとんどなくなった。

お独り様の毎日が続くようになった。
時間がたくさんあるので、有名人の講演会、オーケストラのコンサート、札幌ドームでの応援、名所めぐりのバスツアー等々に数多く参加して日々を過ごすようになった。
参加した行事はどれも心に触れる感動や感激を与えるものばかりであった。

まっすぐに家に帰る気持ちになれず、一人で喫茶店に入って、コーヒーを味わいながら感動した場面を振り返って静かに思いにふけるのが常であった。

誰かに聞いてほしい、歓びを伝えたいと思うが、同伴する人がいないのが淋しい事である。
誰かがいたらな、といつも思うのである。

最近世の中が少しずつ変わってきたように思う。
温泉旅行でも、一人一审同料金で宿泊できるとか、バスツアーでも追加料金で一名でも参加できるし、「一人旅」専用のバスツアーが実施され人気を呼んでいる。

このたび、お独り様会の記事に接して、身近に求めていた会があったことが解り、救われた気持ちになった。
もう老年の私であるが、自分の気持ちを聴いてもらえる相手が欲しい。
何でも話し合える友達が欲しい。いわゆる「茶飲み友達」ができると嬉しいと思っていたところである。
前途が明るくなった。


58才で船を降りました

私は 71 才です。
平成18年まで船に乗っておりました。58才で船を降りました。
現在は年金生活です。

妻は平成20年に死別です。

温泉が大好きです。とドライブです。
酒はビール1缶です。生活には困りません。
家は36坪の家に住んでおります。

話し相手いないですか。
子供3人、枝幸に2人、札幌1人、孫5人おります。
結婚する相手いないですか。
よろしくおねがいします。
良い相手見つかるようにお願いします。


妻をガンでなくし一人になった

平成23年6月8日妻をガンでなくし一人になった。

日々生活するなかで一人での生活の大変さを感じてきた。
よってお独り様をされている方々の話を聞いてみたかった。

私自身好きなことは囲碁であったり本を読んだり TV をみたりの生活をしている。
なおこの年齢でマンションの管理人をしているが、多忙ではない。


【永久に青春!】私のモットーです

「歳を重ねただけで、人は老いない。夢を失ったとき、はじめて老いる」
(サムエル・ウルマン 新井満訳)私の大好きな詩です。
【永久に青春!】私のモットーです。
夢の活力の源泉は、恋・愛です。

世界の人口は、69 億 6 千万人と推定されています。
しかし、視点を変えると、基本的には「男・女」の二人です。
両性が互いに向き合い、その存在を感じあったとき、生と死が隣り合わせの高齢者の人生に、生への活力、夢の希求がみなぎってきます! 「絆」が寄り合って一体となったとき、明日へ向かう意欲・情熱が、二人の背中を押してくれる…これが高齢者の恋・愛である、と思っています。

「孤独・孤立」そんな言葉に惑わされたくない。
健康寿命をめざし、両性の絆をより合わせ、育て上げながら、お互いの存在感を大切に、手をとり合い、日々を楽しく、幸せ感を噛みしめながら生きていきたいですね!

ここで、私の趣味・嗜好を申します。趣味:社交ダンス、カラオケ(18 番群青)、パークゴルフ、ドライブ、創作料理。 嗜好:コーヒー(酒類、タバコは全く駄目)、野菜・果物(植物・果实系)、基本的には好き嫌いなし。

そんな私の趣味・嗜好とどこか一つで結構です。
接点があり、これまでの人生の中で築き上げてきた経験・体験を生かして、お互いの存在感を育て上げていけたら最高ですね!

「結婚未満」という言葉を目にします。社会的・法的契約に束縛されない不安定な関係であるだけに、両性の「誠意」が要求されます。
絶えまぬエネルギーの燃焼が必要です。
そこには一種の緊張感・新鮮さが横たわっています。
それが生きることへの意欲・希望の源流であり、「愛」である…と思います。

「性」について…「性」は人生の起点であり、生へ向けられた心のコミュニケーションと考えます。
心と生の合体であると思います。


しゃぼん玉ノートを拝読して

しゃぼん玉ノートを拝読して

しゃぼん玉ノート vol.3、vol.4 を読ませていただきました。
どのページにも、会員の皆様のさまざまな想いが綴られていて心を打たれました。

Vol.3へ拙稿を掲載下さり恐れ入ります。
活字になった自分の文章は、ちょっと気恥ずかしくもあり、読んでいて往時を想い出してこみ上げてくるものがありました。

Vol.4 に、死別の悲しみをあまり人に話せない雰囲気があって心にベールをつけて生きてきた、と書かれてありました。
私は、その逆をやって失敗しました。

夫に死別した直後、急につかまる所がなくなり悲しみと言うより不安と恐怖で混乱していました。

当時私は、今より体重が13kgも減っていて(今の体重はヒ・ミ・ツ)顔色も悪く、大好きな化粧をするところ迄気持ちが廻らなく、尖った顔の怖い顔で亡夫のことばかり考えていました。
時折、友人がお茶に誘い出して下さっても場所柄もわきまえず今、自分がどれだけ辛くて悲しいか夫がどれだけ優しかったかなどを繰り返し話していました。

ある時、そんな私の顔をジッと見つめて友人が「又、その話?」と一言いいました。
私は、ハッとしました。周囲の人達の優しさに甘え逢えば暗い顔で愚痴ばかり並べ立てる私に友人達はうんざりしていたのでしょう。
それでも私を勇気づけようと言葉を選びながら気永に付き合って来てくれたのでしょう。
何て恥ずかしい、哀れな姿を晒し、友人達に迷惑をかけているのも気付かずに何て馬鹿なんだろうと思いました。

手負いの動物達は、山の奥深くに分け入ってひそかに傷を治すという。私も自分の心は自分の手で癒やそう、と決めました。

以来、四年近く友人達とも逢わず極力外出も控えて引きこもりました。
こんな立派な理由ばかりではなく、世間を歩いている人達がみんな幸せそうに見え自分だけが惨めで不幸に思えて誰にも逢いたくありませんでした。

その間、気の済む迄供養三昧でした。
朝・夕、お経を二種類唱え炊き立ての白いごはんを丸めて供え精進料理やおりおり膳、亡夫が好きだった甘いお菓子、生花を絶やさず大小さまざまな仏具で飾り立てた賑やかな仏壇の前で心ゆく迄亡夫と語り合いました。
そして、ゆっくりゆっくりもう夫はこの世には居ないんだと自分に言い聞かせながら夫の死を受け入れて参りました。

元気を取り戻し、笑顔で人さまの前に出られるようになった今、あの四年間は私にとって必要な年月だったと思います。


後期高齢者の年齢になり

後期高齢者の年齢になり、お独り様の生活中で、もう尐しの年数を男女の触れ合いの場に参加したいとの人生観でございます。

少しでも楽しい人生行路を歩みたいと…。


今や人生 100 年といわれる時代

玄米ランチの会、小さな旅の会それに製本ボランティアなどで多くの出逢い、沢山の思い出を有難うございました。
私の 80 年の人生の中でこの 3 年間は、思いがけないほど喜怒哀楽の充実した時間でした。

今や人生 100 年といわれる時代に生きています。
これからも自立(自活)と共存をモットーに、日々いきいきと過ごしたいと考えています。

皆さんがますます幸せでありますように念じつつ、チョイ悪爺の駄文もとじさせて頂きます。
会員の皆さん事務局の村上さん高山さん本当に有難うございました。

(付記)
759 *
住所 *
電話 *
趣味 読書(スリラー、SF 等除く)囲碁、旅、ドライブ、カラオケ、パークゴルフ、水泳、フラワーデザイン、オーガニック食べ歩き、無駄話?など


最近気になったこと

最近気になったことや、いつのころからか漠然と気になっていることなどを思いつくままに書き連ねてみました。

秘密保護法~非核三原則~一億総活躍?、テロと難民問題、原発再稼働、敗戦後 70 年進展しない北方領土など領土問題、選挙権 18 歳、人口七千万人時代の日本の姿、国の借金、どれもお独り様会の話題に相応しくないかもしれませんが、任期 3 年残り少ない自分としては少々ものたりなくなっている。
たまには硬派に時事放談の機会があっても良いと思うのだが。
高学歴社会日本の庶民の底力、誰かに任せっぱなしでいいものか!

最近面白かった NHK テレビ番組<医師日野原先生と美術家桃紅先生>の対談。
人生の達人同士の対談だけれど学者先生より美術家先生のほうが自由席が大きそうで好ましく感じられた。

タイトルに惹かれて「103 歳になってわかったこと―人生は一人でも面白い」を購入。
「自由」とは―自らに由る―他に縛られないと云うこと、「いい加減」は日本文化というのも好みに合っている。
「人間の幸福は自分が決める以外に方法はない~この程度で私はちょうどいいと自分の心が思えることが一番いいと思います。」とは桃紅先生談。

自分としては、都合の良い部分を少しずつ良いとこどりをして、いくらかましになるに格好の教科書に遭遇したと思っている。

ラストランともいえる「第二名水亭」と再チャレンジの「石狩番屋の湯」天候に恵まれ最後を飾れますように~759 船木の最後の企画オフ会です。


ひとりでも多くの方と話したい

一人になって話すことが少なく、ひとりでも多くの方と話したい。
会に入ると外出する機会も増すと思います。


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