会員さまの寄稿 独身(50代 女性 死別)⑤

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夢にも思っていませんでした

主人とは結婚 31 年で死別するなんて、夢にも思っていませんでした。
子供 3人も独立し、やっとこれから 2 人の人生を…と思っていたのに・・・。
去年 2月8日に帰らぬ人となってしまいました。
悲しみもいえぬ 6 月に、今度は私が病気になり、死も覚悟しましたが、 4ヶ月の入院で、今は普通の生活ができる様に回復しました。
落ち着いてくると、今度は、 1 人ということが淋しくて…。
犬が 2 匹いるのですが、気がついたら 1 日、犬としか話をしていなかったり…。
病気の事もあり、落ち込む時もあり、気軽に話せる友人をもっとふやしたいなと思っていた時、道新で「お独り様会」を知りました。
主人の看病で仕事も辞めましたので、社会へのつながりも、広げたいなと思っています。


精一杯頑張ってきました

主人を亡くしてから、精一杯頑張ってきました。
最初は引きこもりの生活でしたが、このままではいけない、自分で行動できるようにならなければと目標を持ち、映画を観に行くことから始め、今は山登りや旅行も楽しんでいます。仕事をして、休日は家の事や、生活を維持するためのいろんなことをしています。
先日の休日には庭のサクランボの消毒をしました。
冬は除雪とか本当にエネルギーが必要で、「お前は行動的で前向き」と、今まで自分を励まし褒めてきました。
でも、日中や仕事をしている時は良いのですが、夜になり一人で居ると無性に寂しいことがあります。
その心の隙間を埋められません。
今回新聞記事を読み、こんなに前向きに生き生き行動している、または私と同じような境遇の方でもお互いの気持ちを理解できれば、これからの自分の一層の励みになると思います。
そして、時々一緒に会食をしておしゃべりを楽しみ、気の合う友人が出来ると嬉しいです。
これからも私の時間がある限り生きて行かなければなりません。
今後の自分の生活(心)を豊かなものにしたいです。
そのために入会しました。会員の皆さんよろしくお願いします。


東日本大震災から 1 年

初めまして。
今日は3月11日 あの東日本大震災から 1 年です。
主人が「千の風」になったのは 4 年半前。あれから信じられないくらいのスピードで時が経っています。
何が不運かは比べられませんが…。私は主人を看取ることが出来たので(まだ東北では大切な人に会えていない人達が沢山います)
それだけでも感謝しなければと思っています。
今までは色々な人に「大丈夫? 」と聞かれると「大丈夫! 頑張る! 」と応えて来ました。
本当は寂しくて寂しくて心が押し潰されそうです。
これからは意地を張らないで誰かに頼る勇気も必要と思い申し込みました。
人は独りでは生きていけません。宜しくお願いします。


年老いたらいずれは独りになる

年老いたらいずれは独りになる。夫婦も同じこと。
しかしこんなに早く自分に降りかかるとは想像もしていませんでした。
私の夫は闘病三ヶ月半で旅立ちました。
自分の無力さを改めて知り、ただ現実を受け止めるしかありませんでした。
あっという間に二年が過ぎ、過去を振り返っても進展の無い自分がよく分かりました。
現在は休んでいた趣味の水泳を再開し、家では子ども達と愛犬二頭が私の心を癒してくれます。
これからは、 自分に残された時間を心の思うままに過そうと思います。
「今出来ることは先送りしないですぐ行動に移す」これが私の当面の目標です。


自分のことも家のことも自分で決めて

私は今年、60歳で亡くなった夫と同い年になります。
亡くなってから 7 年の歳月が過ぎました。
生前は夫に頼りきりで何でも自分で決めることができなかった。
夫が後押ししてくれると安心して行動に移すことができるのです。
そして、優しい笑顔で応援してくれたので、心強かったです。
夫が亡くなったあの日から、自分のことも家のことも自分で決めて行動しなければなりません。
心細さと不安でいっぱいでしたが、我が子やたくさんの心優しい人たちのおかげで、自分で決め、自分で行動することができるようになりました。
以前より決断に迷うことが少なくなりました。時の流れが私を強くしてくれたのでしょうか。
何かをやり終えると、ふと夫のいない寂しさに襲われることがあります。
我が子がいても連れ合いがいない人は「お独り様」と呼ばれることの悲しさや孤独を感ずることもありますが、天からいただいた自由です。
自分がやりたいと思うことは何でもチャレンジしよう。
夫が生きることのできなかった60代を有意義に、そして楽しまなくては。。。


まだまだ立ち直るのに時間がかかりそうです

主人を昨年、病気で亡くしました。まだまだ立ち直るのに時間がかかりそうです。
そんな時、新聞で、この会を知りました。
皆さまの“のり越え方”をぜひ知りたく、文集を読んでみたく、会員になることにしました。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。


私自身も軽やかに生きたい

いつの頃からか、もの心付く頃からのようにも思いますが、漠然と自分の世界が狭いと感じるようになりました。
特に3人いる子供たちが成長し、3人いる仲の良い姉たちも家庭やそれぞれの世界があったり、また職場に同じ年代の女性が居ない事もあり、これからのことを思うと自分で世界を広げていかなければと思うようになりました。趣味を広げたりもしました。

そのころ何気なくインターネットを検索していて『お独り様の会』を知り、こういう会がある、ニーズがあるということにも興味を持ち、私も4年前に離婚してお独り様ですので入会しようと思いつつ、文章を投稿するというハードルを越えられませんでした。

昨年の暮れに独りで映画を観に行き、観終わった後、コートを着たりしながら一席置いた隣に同じように身支度している女性が居たので、「とても良い映画でしたね・・。」と言葉を交わし、そのまま別れたのですが、その一言二言がとても心豊かに印象に残りました。
そして、こういうことなんだなって思ったのです。
何かを共有し、さり気なく言葉を交わすそういうことが日常を豊かにすると。
そういう機会が得られるように、私自身も軽やかに生きたいと思います。


主人が倒れたまま急逝し10年がすぎました

自分自身のここ数年を振りかえっていざ語ろうと思ってもとても難しく、日が過ぎました。
主人が倒れたまま急逝し10年がすぎました。
悲しみはいつも同じところにあり変わることがありません。

そんな自分でいいのだと受け入れられたのはここ数年の事です。
あまりにもいろんな事がありすぎて、無我夢中だったのだと思いますが、一人息子も自分の進む先を目指し大学生となり親元を離れ、 少しほっとしたと同時におひとり様となりました。
主人が亡くなって、共働きから一人になり、再度学生生活三年後、その間仕事の両立をし、今に至ります。

自分の周りに同じような経験をした方もいませんでしたし、話す事もなく何気に襲ってくるとてつもない悲しみに一人で泣いたことも何度もありました。
ノートに「淋しい」と何ページも何ページも書いて気持ちのおきどころのなさに一人で向き合うこともありました。
時間が解決してくれることも多々ありますが、気持ちを共有できる事の大切さは、あるといいなと思ってずっと過ごしていました。

昨年、「お独り様会」の事を姉が話してくれ、新聞の記事を思いだしました。
私よりも一人である私自身を心配してくれていたのだと思います。
「あのね…」といつの時間でも声のかけられる友の存在があったらどんなにいいかと思いますし、自分も声をかけてもらえる側になりたいです。
この先の人生、楽しい事を共有できる友との出会いがあったらどんなに素敵かと思い入会を希望しました。


少しづつ春を感じる様になり、心ウキウキですネ

会員の皆様こんにちは。
少しづつ春を感じる様になり、心ウキウキですネ。
昨年の私の行動は、オフ会の忘年会に出席させていただき楽しいひと時でした。(ビール幸せ♡人です)
オフ会など担当していただいている方、本当に御苦労様そして、ありがとうございます。
さらに図々しいお願いですが、イベントとして「お独り様ツアー」2~3泊など考えていただける方がいらっしゃれば、ぜひ参加させていただきたく思います。
あと私事ですが、数年前にダイビングのライセンス取得しましたが、数回しか経験がなく、どなたか先輩の方、いらっしゃいませんか?


思い切って心の扉を開くことにしました

はじめまして。
夫が亡くなり今年で8年。
子供達の成長を励みに頑張ってきましたが
その子供達もどうにか自分の道を歩き始めようとしています。
気づけば仕事と家の往復。家事や雑用に追われる日々。
ひとり言や愛犬に語りかける毎日。
それはそれとして、心の触れ合いが無性に恋しくなってきました。
心潤う語らいやプライベートでの交流の場を求めて思い切って心の扉を開くことにしました。
老若男女問わずいろいろな方と出会い、友達の輪を広げていけたら。。。と思っています。
どうぞ宜しくお願いします。


2012 年に想う

2012 年に想う
入会時の文章、何ともぶっきらぼう。
2 回目の文章、少しお気楽…。両方ともその時の本当の気持ちだったのでしょう。
今年の 4 月は、夫の三回忌、母親の一周忌です。
節目の年です。
去年は、流されるまま過ごしてきた気がします。
四季も感じられず、目にするのもただ通り過ぎて感動すらなかった。
そんな時、救われたのは、耳から入ってくる唄でした。そこからは、勇気を与えてくれたり、心の底から泣けたり、と五感を取り戻す事が少しずつ出来て来ました。
そして、お独り様の会のオフ会に出席させて頂き、たくさんの方々のあたたかさに触れて感謝しております。
2012 年素敵な年になりますように(^^)


時間が解決はしてくれません

「しゃぼん玉ノート」も 4 冊めを送っていただきました。
いつもいろいろな方々の想いを読ませていただき、共感すること、涙することもしょっちゅうです。
以前のノートでとても心に残っている文があります。
それは「無念の想いで先に逝ってしまった人の分まで残された人は生き抜いていかなければならない。」
まさに私へ課されたことだと思いました。
もう 10 年になるのにこんなにはっきり文章になるとあらためて気づかされました。
「自由で楽しそうでいいね」とか「無理して明るくしているね」とも言われます。
どちらも当たっている私です。楽しい時間を沢山つくるようにしてはいますが…、
生きていくのがつらく厳しいなと感じる時は前より増えています。時間が解決はしてくれません。
でもこれからは[お独り様会」でたくさんの方々と知り合い、残りの人生を楽しく過ごせたらと思っています。
ギターを習い始めて間もないのですが同じ趣味の方がいらしたらお話ししたいです。
よろしくお願いします。


身体が動く間は楽しいことを沢山しよう

09年4月某日の朝5時、夫は自身が運転する車の事故で亡くなりました。
即死でした。前日の夜「明日の朝は早いからもう寝たら」が最後の会話でした。

上の子は大学3年、下の子は大学入学したばかり。
お店を経営していたので、葬儀の翌日から営業しなければなりませんでした。
その後、お店は閉めることになり、年末まで処理にかかりました。

3回忌が近付いたころ体調が思わしくなくなり、検査の結果、リウマチに罹(かか)っていました。
通院の便利さから 2年前、札幌に越して来ました。
が、なかなか友人ができず、1 日中在宅のことが多かったのですが、将来 この病気から動けなくなったときのことを考え、身体が動く間は楽しいことを沢山しようと考えました。

今はネットを通して少しづつ友人が出来てきましたが、旦那様のいらっしゃる方が多く、その会話に寂しい思いをすることが多々です。
子供等は内地で生活し、戻りません。
母親は1人でも日々楽しく暮らしていることを感じさせたいですし、私自身感じたい。
同じような環境の方たちと気兼ねない会話に是非、参加させていただきたくお願い申しあげます。


平成10年私は9月・10月という短い間に姑と母を相次いで亡くしました。
姑は脳梗塞の後遺症のため、15年間に及ぶ闘病生活でした。

私はどちらの親も自分の親という考えから、週に一度は姑の病院に行き、昼食の介助をしてきました。
時々「なぜ自分だけ」と思うこともありましたが、夫が私の母にとても優しく接してくれている姿を見て、また母の「あなたたちが傍にいてくれるのは本当に幸せ」と言ってくれる言葉に後押しされるような思いで続けてきました。
姑は徐々に赤子に戻り子どものこともわからなくなってしまいましたが、私だけは分かってくれ「千代子さん」と名前を呼んでくれました。それが何よりのご褒美と思っています。

姑が亡くなって1カ月、母が脳梗塞でたった 2日間の入院で亡くなり、私の心に大きな空洞ができました。
それでも母のお友達や近所の方々が「お婆ちゃんは幸せだっていつも言っていたよ」と言ってくれる言葉と、夫のさりげない優しさに少しずつ元気を取り戻してきました。

しかし平成11年、夫に肺がんが見つかり、6月に手術。
その時に多形癌という症例の少ない癌があり8月3日に再入院しました。
抗癌剤も効かず、短期間のうちに組織全体に広がっていく癌だと告知を受けました。
少しでも負担の少ない医療をと考えホスピスケアの病院に移る手筈も整え、夫と闘病生活を送りました。
医師の告知よりずっと短い、たった2か月の闘病生活で夫は帰らぬ人になってしまいました。

夫は看護士さんに「僕はまあまあ幸せな人生を送ってきたと思う。子どもも自立したし思い残すことはないんだけど、心配なのは泣き虫な家内だけだなぁ」と言っていたそうです。
そういうことはきちんと私に伝えてほしかったと思います。

まだ時々涙がこぼれますが、いつまでも彼に心配をかけないよう、少し前向きになろうと思い「お独り様会」の入会から始めようと思います。
夫は私の周りにたくさんの幸せの種を残してくれていますから。


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