会員さまの寄稿 独身(60代 女性 死別)②

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退職してひまになりました

退職してひまになりました、が、友達は皆働いているか、家族がいて、つくづくこの元気さが困りものです。
冬に何か活動がしたくて参加しました。夏は山の中で自然に囲まれて暮らしています。
いい所です、が、熊とシカとキツネしか居ません。


色々な方と話す機会がもてれば

今日は書類を送っていただいてから、入ろうかどうしようかと迷って遅くなりました。
色々な方と話す機会がもてれば淋しい気持ちが少しでも明るくなれるのではと思い入会します。
よろしくお願いします。


新たな地で再スタートです

お独り様会に入会して新たな地で再スタートです。
たくさんの人と出会えることを楽しみにしています。


65 才になるのを機に

3 年の月日が流れ、一人暮らしにも慣れてきました。
65 才になるのを機に新しいことを始めたいと思い、入会しました。
旅友が出来ればうれしい…と思っている昨今です。


もっと沢山の人達と

67 才、女性です。
今年 3 月で仕事を辞め、もっと沢山の人達と、お知り合いになり楽しい毎日を過ごしたいと思い、参加させて頂きました。
ウォーキング、散策、プチ旅行、体を動かすのが好きです。食べるのも…。
宜しくお願い致します。


少しでも豊かな人生でありたいと思い

少しでも豊かな人生でありたいと思い余生?を有意義に、気の合うお友達、仲間と共に楽しく時間を共有できればと思っています。
自然が大好き、カラオケ、ウォーキング、ボウリングも何とかついていけるでしょうか…。
宜しくお願い致します。
主人とは死別…7 年
苦手…タバコ、思いやりのない人、爬虫類、カラス、蚊類、嘘を平気で言う人。
自然が大好き、菜園作り、花も大好き。


時間を有効に、楽しく共有できれば

時間を有効に、楽しく共有できればと思います。個々の人生観を認め、気の合うお友達に出会え、意義ある時間を共有して勉強して、充実した日々を重ねて行けたら幸いです。


(小)旅行へ行きませんか

◎(小)旅行へ行きませんか?今の所、ツアーで行ってます。
◎ドライブ、ランチ、いっしょに出かけませんか?一人でも、二人でも大勢でも
◎お友達との出あい、たのしみです。


今だに前へ進めずに居りますので

主人が亡くなってから一周忌を迎えましたが、今だに前へ進めずに居りますので、大勢の皆様のお仲間に入れて頂けたらと思って居ります。
是非宜しくお願い致します。


夫に先だたれ11年に成ります

夫に先だたれ11年に成ります。趣味も無く、その時北海道新聞でボラナビ倶楽部を知り、少々の不安も有りましたが、勇気を出して申し込んで見ようと思いました。
宜しくお願い申し上げます。


夫を亡くして 5 年

夫を亡くして 5 年。色々な事があった中で良く耐えて来た、良く頑張って来た今にほこらしく思うと同時に増々強く成っていく自分に反省しなくてはいけないと思っています。
又、同じ様な環境の方とお知り合いになれればと思っています。


それなりに忙しい日を過ごしてましたが

4 年前までは働いていたのでそれなりに忙しい日を過ごしてましたが、だんだん何をするにも、“まっ、いいか”という感じで過ごしてましたので、これでは老化が進んでボケてしまいそうで、少しでも人とのかかわりをもって、何か趣味でももって仲間と共に過ごしてみたいとの思いで、今日申し込みました。


こうやって慣れていくのかなぁ

入会のときに寄稿して以来です。ご無沙汰しています。

私が一人暮らしになって 1年 8 か月たちました。
少しずつ生活にも慣れ一人暮らしの気楽さを実感したり、寂しさにいたたまれなくなったり…。
こうやって慣れていくのかなぁと思っています。

一足先に春の訪れを感じたくて 4 月 4 日に哲学の道の桜を観たくて京都に行ってきました。
今年は満開の桜でしたが、観光客もひしめき合っていて情緒のかけらも感じられないくらいの人波でした。
毎年関西方面に桜を観に行っていますが、今年の人の多さにはちょっとびっくり!!

早々に京都を切り上げて奈良へ。
こちらの桜も満開でしたが、人は思ったほど多くなく、ゆっくりと観ることができました。
元興寺大塔跡に桜の老木が 2本あり(去年来た時は寒くて蕾がわずかに膨らんでいる程度でした)

今年ははらはらと花びらが散っていて、とても風情がありました。
こんなマニアックな場所に観光客は来ないので舞い散る花びらの下、ゆっくり桜を観ることができました。

次の日は吉野に行き、山の上は三分咲き、山裾は満開の桜でした。
こんなにゆっくり桜を眺めたのは何年ぶりだったでしょうか。とても良い旅でした。

帰りは爆弾低気圧に遭遇し、飛行機は 3 時間遅れでしたがなんとか帰ってくることができました。
奈良にもたくさんの世界遺産があり、人々は親切でした。
いろいろな出会いがあり、元気をもらってきた旅でした。

札幌もやっと桜が満開になりました。三度目?の花見を友達と楽しみます。
もちろん花より団子ですが。

楽しいことをたくさん見つけ、ゆっくりと元気になっていければいいと思っています。
今年は夫の 3 回忌。オフ会にも出かけて、心も体重も軽くしようと思っています。


同じ境遇の友達がほしいナ

主人を亡くし、独り暮らしになって、3年半が経ちました。
まわりには信頼できる友人、趣味の音楽を楽しむ友人たちもいて、それなりに日々を楽しんでおりますが、ふと「独りの不安」が心をよぎることもあります。
そんな時には、「同じ境遇の友達がほしいナ」と思います。
私は 60 代後半。これからの人生を、『バラ色』とまではいかなくても、少しでも明るい色にしていきたい。同じ思いを持つ友人と出会いたい。
こんな思いから、この会の門をたたきました。
どうぞよろしくお願いします。


今は、時も流れて、

主人が亡くなってから、この 4 月で、10 年になります。
10 年前、主人を亡くした当時の辛さ、悲しみは深く、同じ思いを経験した人とお友達になりたいと、切望していました。
この会が当時あったらどんなによかったかと思います。
今は、時も流れて、あの頃の耐え難い辛さ、悲しさは薄らいできています。
そして、生きている以上、楽しい気持ちで日々を過ごしたいと思って、私なりに努力していろいろやってきました。
しかし、朝、目覚めた時などに、時折、言いようのない深い寂しさを感じることがあります。
伴侶のいた時のあの精神的な安心感がないからかも知れません。
この会で、心の通い合うひとに出会えたらいいなと思います。
たとえ、出会うことができなくても、新しい人との交流は、刺激となり、私の世界を広げてくれるでしょう。
私も心を開いて、いろいろな人に話しかけたいと思います。


主人は息子と娘と私を残し

主人は息子と娘と私を残し病気で天国へ逝ってしまいました。
それから息子と娘の卒業・就職・結婚・出産・孫の世話と忙しい日々が続いて14年が過ぎました。
やっと少し落ち着いたこのごろ、これからは自分のことにいそしんでいきたいと思っています。


2 年前に定年退職をして

2 年前に定年退職をして、現在は、アウトドア(軽登山、ウォーキング)を中心に毎日楽しく過ごしていますが、最近お独り様会を知り、アウト・ドアやオフ会で楽しい時間を過ごしている方々がいらっしゃることを教えていただき、私も、男性、女性に関係なく、いろいろな方と知り合いになり交流を深めて、人生を楽しみたいと思っています。


当初は自分の人生も終わったものと思い

夫と死別してから 10 年が過ぎ、当初は自分の人生も終わったものと思い生活していました。
70才になった今、当時の苦しい、悲しい気持ちから解放され、果たしてこれで人生終わるのかな、終わっていいのかなと考えます。
スポーツクラブに通い、少しの読書をし、家族とも普通に暮らしていますが、何か満たされない日々を送っている様な気がします。
亡き夫の存在を改めて感じる今日この頃です。
孤独を分かち合う友、場があればと考え入会しました。


未だに医師のあの時の言葉が耳に残っている

「ご臨終です」。

あれから 16年の歳月が経過したのに、未だに医師のあの時の言葉が耳に残っている。
「えっまだこんなに手の温もりが伝わってきているのに。ウソでしょ!!」と思った。

最愛の夫に悪性腫瘍が見つかり、医師より半年の命と言われた。
闘病の末、亡くなった時、明治生まれの夫の両親は義父が 96 才、義母が 92 才であったから、何としてもこの両親より先に夫に逝かれることは避けたいと思い「病院食は不味くて食べられない」と言えば、自宅で作り、日に3 度温かいうちに病室に届けたり、保険適用外の漢方薬が病に効果があると聞けば服用してもらったりと、自分では精一杯の努力をしたつもりでいたので、夫の死をすぐに受け入れられなかった。

頼りにしていた長男に先立たれた夫の両親も心の中では悲しみの極みで、その捌け口は当然嫁に向けられる。
特に母は口八丁、手八丁であったから、常に自分の存在が中心でなければ気が済まない。
私の言葉尻をとらえての言葉の攻撃も容赦なく降りかかった。

私は自分の自宅でありながら居たたまれず家を出た事もあったが、いつも周りの友人や娘達が励まし支えてくれた。
今にして思えば、それほど苦しく辛い日々は、未熟な私の人間形成に大きな役割を果たしてくれたと、深く感謝している。
今はその両親も夫の許へ旅立ち、それぞれの年忌法要も済ませているので、至らぬ嫁のことは大目に見てくれていると思っている。

昔、読んだ本の中に、評論家の亀井勝一郎氏の言葉の一節があり「人生邂逅(かいこう)し、開眼し、瞑目(めいもく)す」とあった。
言葉が難しいので辞書で調べたら邂逅とは、めぐり合い、瞑目とは、安らかに死ぬこと、とあった。
すなわち人生とは、さまざまな人に出合い、それによって目を開き、知恵や悟りを得、死んでいくという意味らしい。


たくさんの投稿文を拝読いたしました

明けまして おめでとうございます!
「お独り様会」に入会して、たくさんの投稿文を拝読いたしました。

私は夫を亡くしましたので、死別と書かれた方の文章は何度も読み、「無理をしないでね。」とか「わたしも同じ」などと呟いていました。
中国語の歌「ただ願わくば人の長久にして」にこんな日本語訳があります。

人には悲しみと喜びが、出会いと別れがあり、月には曇りと晴れ、満ち欠けがある、昔から完全無欠はこの世にはないもの、ただ願わくばともに長生きして、離れていても同じ月をながめようではないか

この歌を聴くたびに投稿文の人やオフ会で出会った人たちを思い出して、皆の幸福を祈っていました。
皆さん、ありがとうございました。
文章を一字一句変えずに編集をしてくださった方、ありがとうございました。
「お独り様会」の発展を心よりお祈りいたします。 感謝


私は昭和 17 年、網走の田舎に誕生

初めまして。

私は昭和 17 年、網走の田舎に誕生、女系家族のまん中に育ち、終戦 3 才、空を飛行機が飛びかい防空壕の中で炒った大豆をカマスの袋の中から食べた記憶があります。
何といっても朝、目を覚ますと布団の衿布が凍りついてまっ白でした。
特に網走は厳寒地、鼻水も凍るという寒さは、オホーツク海の海風が強いからだと思います。

家族、姉妹もこれといった大病、ケガもせず、すくすく育ったのですが、これも両親に感謝の一言です。
父は早く他界。今は、兄夫婦と母との生活ですが、私が母の介護に通い出して 9 年になります。
その時々で色んな事にぶつかる度、ああ、これも、あれも勉強勉強といいきかせております。
自分の老後の行く末をとたとえております。

1 か月おき、半年、網走の生活、半年札幌の生活にも慣れてきましたが、(持病の薬を飲み。年齢と共)体力がついて行かない時もありますが、私と妹(65 才)二人で母を守って行きたいと思って居ります。

私は国鉄マンの主人と(添乗員)33 年、根室標津で結婚生活を致して居り、男の子二人に恵まれ、それはそれは幸福な生活でしたが、主人が退職後 1 年、脳梗塞で他界。
私は病気持ちになり、暗い生活が続いておりました。
寝ても覚めても生きる業をなくしてしまい死ぬことばかり考えていた日々でしたが…。

こんな生活をして子どもの重荷になってはいけないと気を取り直し外に出て、人と接する事をしなければ、必死の日々が 6 年。
私に気を向け親切にして頂ける人達にも出会い、その間、母の介護が私のやる気を起こしてくれたのでしょう。
やっとやっと一人歩きが何とか出来る様になり、これからの人生(余生)を母の事を一番にと思う日々です。

札幌にいる時はカラオケ仲間と出会いダンス歴もあり。今は何とか充実した日々を送って居ります。
今年の 8 月 21 日で満 100 才に成った母を、又もう一年絶対、ケガ、病気させず守って行きたいと願っております。
私の体力の続く限り、母と一緒にいたいと思います。


犬と一緒の一人暮らしです

主人を亡くして 4 年半経ちました。
子供達も独立しているので、犬と一緒の一人暮らしです。
この4 年間、色々な友達、近所の人達、皆さんに助けられ、支えられて来ました。
少し落ち着いて自分をみつめ直し、新しい生き方を探すことに…。
そのためには身近な友達とは違う新しい出会いを求めて、この会に入会したいと思いました。
どちらかというと、出不精な私です。新しい友達をつくりたいと思っています。


やはり寂しさは否めません

夫を亡くし 15 年を経過しましたがやはり寂しさは否めません。
自然の美しさや芸術鑑賞など共に側で味わう事の出来る人が居たらどんなに幸せだろうと思います。
40 代の娘が二人おりますが娘には娘の人生がありますので、親として負担はかけたくありません。


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