会員さまの寄稿 独身(60代 女性 死別)⑥

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私の想い

私の想い

私は現在一人暮らしをしております。「お独り様会」を道新で読んで参加させていただきたいと思いました。

主人は八年前にガンで亡くなり、一人娘は最近結婚して淋しくなりました。
男性のお友達が出来てお互いの家を行ったり来たり出来たらいいなと思っております。
主人がいなくなって一番困っている事は、旅行や映画やコンサートなどに一緒に行く人がいなくなった事です。
娘とも少し一緒に旅行しましたが、仕事があるため長く休めません。

私は秋田県出身で、若い時、神奈川大和市の小学校の教師をしておりました。
主人は東京出身でした。
主人の転勤で札幌に来てここが気に入ってお家を建てて住んでおります。
主人は普段から病気知らずの元気な人でしたので、まさか人生こんな風になるとは夢にも思っておりませんでした。

私は趣味で短歌をやっております。短歌歴三十五年くらいです。
先日の9月1日NHK笛吹市(山梨県)短歌大会で「特選」に入りましたので、笛吹市の受賞式に出席致しました。
他の方は皆さまご家族連れでいらしておりましたので、一人出席は淋しかったです。
NHKの短歌の「特選」は今回で三回目でしたので大変うれしく思いました。
札幌の短歌の結社「花林」に入会しており、二年前から頼まれて花林誌の編集の仕事をボランティアでしております。
短歌は毎日の生活に潤いを与えてくれております。

お家では家庭菜園をしており、夏はトマト・ナス・キュウリ・ピーマンなどたくさん収穫出来ました。
有機栽培の野菜は安全・安心ですので味も良いです
。初めてゴーヤを植えましたが、よく実って感動しました。
食べてみたらほろ苦く本物のゴーヤでした。

私の性格は温和・明るく・前向きです。どうぞよろしくお願い致します。


夫がガンにとりつかれてあっけない別れとなり

私が単身赴任までして(20年)働いて、夫が定年になり楽しい第 2 の人生なんて思っていた矢先、夫がガンにとりつかれてあっけない別れとなり本当に悲しい日々でありました。

止まぬ雨はないと言いますが、小降りになったようです。
これからの人生前向きにと考えるようになりました。
お独りで生活されている厳しい思いをされている方々と少しでも楽しい一時が過ごせればとの思いであります。

毎日公園散歩、ラジオ体操、パークゴルフと健康維持を日課としております。


夫なき後、いわゆる‘女手で‘二人の子供を育て上げ

私は死別です。

夫なき後、いわゆる‘女手で‘二人の子供を育て上げ、あっという間に、気づくと還暦を迎えて越しました。
子供たちは独立とともに、東京に住んでいますが、常々気にかけてくれて、幸せだと思います。
私は趣味も持ち、楽しみもあり、贅沢はできずとも、健康で平穏な生活は得られています。

山の頂に立った時、海外の旅先で等感動を味わった際、いつも、心の底に「こうして、第二の人生になった、この時にこそ、楽しさをしみじみと共有できる伴侶の存在って大切だったのだな」と思います。
訳あって、人生の途上でシングル生活になった人、共通の思いではないでしょうか。

そうした人が仲間として集い、互いに共通のむなしさやら寂しさを乗り越えられるといい。
わたしたち中高年者は、別に、これから結婚はしなくともよいと思うので、おひとり様の会で、考え方の近いよい仲間を得て、今後の人生にさらなる充実感を得ることができたら、何よりだと思います。


二人の息子を育てるのに夢中で働き続けて来ました

六十代後半の女性です。

四十代前半で夫と死別。
二人の息子を育てるのに夢中で働き続けて来ました。

私の性格は、何でもプラス志向です。
フットワークも軽くて、音楽(クラシック鑑賞)、映画、旅行と趣味も沢山ありますが、一人で頑張って来た人生に、最近ふと淋しい思いをする様になりました。

そんな時、「ボラナビ」でお独り様会を知り、また新聞やテレビでも「会」の紹介をしているのを見て、説明会に出席しました。
結婚相談所ではないと言うのも安心した次第です。

また、人は皆孤独だという思いが年々強くなって来ました。

出来れば、価値観や趣味の合う人々と、楽しくお食事をしたり、おしゃべりしたりが出来たら良いかと思い入会することにしました。
楽しみにしています。


病気が解ってから亡くなるまでがたったの2ヶ月でした

病気が解ってから亡くなるまでがたったの2ヶ月でした。
風邪を引く事さえ珍しく、元気だった主人が集団検診で“肺癌“が見つかり、手術し・・そろそろ退院と言う頃に熱が出て・・・診断は”術後肺炎“。
それからは、どんな治療をしても効き目が無く・・アッと言う間に旅立ってしまいました。

あれからもう3年が経ちました。同じ敷地内に別棟で息子夫婦が住んでいて、毎日、孫達にも会えるのですが、この喪失感と何とも言えない虚しさは消えそうにありません。

そんな時、北海道新聞で“おひとり様会”の記事を目にしました。

私は定年退職して3年目です。このまま他人と関わったりせず、一人で静かに暮らす事に不満がある訳ではありません。が、反面、もう少し生活に張りがあっても良いのでは?と思う気持ちもどこかにあります。

ずっと旅行が大好きでした。「旅行がしたくて働いてるのよ!」などと、堂々と公言してた位です(笑)。
今は、年金での生活に合わせて(数年あるけど)・・大分制限してます。その分、お家の中で出来る事(本を読んだり、毛糸を原毛から紡いでみたり、小物を作る手芸、編み物など)をして、毎日の~んびりと暮らしています。

「私に出来る事は!」と言える物が何も無く申し訳無いですが、会員の皆様のさまざまなお話を聞けたら・・同性で気の合う方が出来たら・・嬉しいな、と思いながら入会させて頂きます。

どうぞ宜しくお願い致します。


家族構成は、まだ独身の娘一人のみ

家族構成は、まだ独身の娘一人(東京在住)のみ。

私は朗読教审に入会。
好きなお琴を弾き日々過ごしてます。

同じ価値観の老若男女、どんな小さなことでも、何かお互い、出来ることがあればとの思いでいます。
宜しく!。

無事届きますように。
草々


その日も、いつもの休日と何ら変わることなく

その日も、いつもの休日と何ら変わることなく「行ってくるぞォ~」その言葉だけを残して早朝サイクリングに出かけて行きました。

しかし、夫は「ただいま」と家に帰ることは出来ませんでした。

平成 17 年 4 月 24 日、今から 6 年前のことです。自転車横断帯を青信号で渡っていた夫には、何も非はありませんでした。
運転手の不注意で、一瞬のうちに命を奪われてしまったのです。60 才でした。

あまりにも突然の出来事で、夫の死を受け入れることは出来ませんでした。
平凡こそが幸福なのだと信じて暮してきた私は、ショックが強く、茫然自失、混乱する日々が続きました。

不幸のドン底にたたき込まれた気持ちがいつまでも私においかぶさって来るのです。
日常全てが、グレーかブルーのフィルターをかけた様に暗い景色を見ている数年間でした。

しかし、周囲の人達のいろいろな支えや、多くの優しさに助けられた数年間でもありました。
そんな人達のお蔭で、少しづつ立ち直ることが出来たのです。

亡くなった人がいつも一緒にいてくれる、見守ってくれていると、実感出来るから生きて行けるのです。
喪失感は、失なった人じゃなければ分からない寂しさです。
それでも、その寂しさの中で、残された人は生きて行かなければなりません。
同じ辛さ、苦しさ、寂しさを味わった人達なら、解り合えることがある様な気が致します。
話すことで救われることがあるのです。聞いてあげることで力をもらうことだってあるはずです。

7 回忌を終えた今、新らたな決意で前向きに生きようと思ったときに、この NPOの存在を知りまし
た。
「世代超えて語り合う」このフレーズに心引かれました。
そんな交流の場があれば、心強いと思います。


3年後には帰る予定での北国の生活でしたが・・・

年号が平成に変わる1年前に夫の転勤で東京から北海道に来ました。

3年後には帰る予定での北国の生活でしたが・・・。

あれから20数年の間に二人の子供の独立、夫との死別、色々な事がありました。

特に、夫との別れがなかなか受け入れられず立ち直るのに、とても時間が掛かりました。寂しさを紛らわせるために、カルチャースクール、資格取得、派遣社員等々、色々試してみました。

なかでも、老化防止の為に始めた『麻雀』にはまってしまいました。
いわゆる『健康麻雀』と巷では呼ばれているものです。昔の悪いイメージとは違って、純粋にゲームを楽しむのです。
同じように(マージャン大好き)の方達と、週に1~2回集まって楽しい時間を過ごしています。

残る時間は点訳ボランティアを目指して勉強中です。きっかけは、リンケージでの講習が始まりです。

自分が点訳した本が誰かの役に立つ日が来るように頑張っています。


一人身の寂しさをひしひしと感じています

前略
主人が他界してから 3 ヶ月以上たちましたが、一人身の寂しさをひしひしと感じています。
主人の存在が、私にとっていかに掛け替えのない存在だったことを改めて感じ身につまされる思いを味わっています。
日常の平凡な生活ができない辛さ・・・
一緒に食事ができない・・・、会話ができない・・・、寂しいですね。
泣きたい時はがまんせず泣くようにしています。
涙を流すことで少しは気持ちが安らぐように思います。
最近は家で一人でいても気が滅いるだけだと思い、外に出よう何かをしようと思う気持ちが少しずつ芽生えてきました。
一時でも何かに集中することで、悲しく辛い現実から“心”が開放されるような気がします。
又同じ境遇の人達と話すことで、お互いが理解しあえ悲しい気持ちが解き流がされ、すくなからず穏やかな心境になる様に思います。
人間私も含め、いずれかは死ぬのですから、命あるかぎり日常が楽しく過ごせるように心掛けながら、生活しようと思っています。
4 月からパソコン教室に行き頑張っています。


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