下間 啓子(しもま けいこ)
NPO 法人旅とぴあ北海道代表理事
1950年当麻町に生まれる。旭川平和通買物公園事務局、旭川物産協会などに勤務し、祭りの企画や北海道観光につながる地域振興の仕事に従事。1999年旅とぴあ北海道設立、2001年NPO 法人となり現在に至る。
病気で社会のレールから離脱
私が20代の頃は、働く人たちのほとんどが仕事にやりがいや生きがいを求めていた時代で、同時に競争社会が始まりをみせていた。私もそのただなかにいて、仕事は何をやっても面白く、精力的に取り組むことができたが、当時を振り返ると、力量以上に成果を求めている自分がいた。そのストレスが積もり積もったのか、20代半ばから体調を崩し、その後、膵臓(すいぞう)病が発見され、30代前半から入院・手術・療養生活が長期にわたった。一度は職場復帰したものの休みがちとなり、「後進に道を譲るように」と言われ、病気=離職を余儀なくされた。重病であることより仕事を続けたい意志が断たれたことへの憤り、焦り、生きることへの自信喪失などで居場所を失い、悩み、人間不信の日々が十数年間続いた。
住み慣れた街で社会との絶縁状態にあい、その環境に耐えかねた私が選択したのは「逃避の旅」であった。知人を介してフィリピン・マニラのスラム街の一家族と出会い、そこに下宿させてもらうことになった。その場所は「想像を絶する」という言葉そのものであったが、気がつけば「郷に入っては郷に従え」で、そこでの生活に馴染もうとしている私がいた。湿度が高く朝方に眠りにつくスラムでの生活は3食昼寝付きで、外出時には必ずその家の父娘が安全確保のため、そばについてくれた。親子2世帯のほか親せき兄弟など10人が共に住んでいたが、誰にも仕事はなく、私の宿泊代がその家族の収入源であった。明日の生活の保障もないこのスラムには、住民が肩寄せ合って生きていく「共助」が存在していた。。その風景は私が育った戦後の混乱期にも似ていて、はしゃいで走り回る子どもたちは幼い頃の自分と重なり、とても懐かしく親近感を覚えた。私はその家族との生活から、生きることの「すさまじさ」を感じた。数ヶ月滞在の後、そのエネルギーは女・沢木耕太郎をめざすひとり旅のスタートとなった。旅は生きるエネルギー〜旅先で出会った人たちから
行く先々、国は違っても、人々はみな同じ。南の島には、内戦が続く祖国を捨て、数ヶ月の航海で荒波に呑まれて一人二人と家族を失い、命辛々たどり着いたベトナムやカンボジアのボートピープルがいた。山登りが大の苦手な私だが、気がつけば山岳民族の村にたどり着いたこともある。「トイレは草むらで」と言われ、ウンチをすると豚がやって来てきれいに食べる…そんな原始的なエコ生活(?)を今なお続けている国境をもたない人たちが、そこにはいた。一方、イスラムの国では、サービス業は男性が主流で、道路工事現場で働くサリー姿の女性に思わず目を閉じた。往来の激しい都会の真ん中には、ホームレス風の母が乳のみ子を抱え、信号待ちの車に物乞いする姿もあった。出会う人のほとんどが、貧しくもたくましく生きていた。それに比べて、生きることに後ろ向きになっていた私は、ほんとうに小さな存在であることを思い知らされた。
人間嫌いから始まった旅だったが、見知らぬ地の見知らぬ人たちの笑顔に「人は見捨てたもんじゃない」と教えられ、マイナスの感情は少しずつ取り払われた。まさに、旅は生きるエネルギーとなり、もう少し生きてみようと思わせてくれた。ただ、そのエネルギーをどう引き延ばせばいいか。その答えもまた、見知らぬ人のメッセージにあった。『住み慣れた街で、今度は逃げないで、自らの体験を活かして自らが人々の困難を解決していく立場になって生きていくこと。』
「個人的なことは政治的なこと」とフェミニストが言うとおり、20代だった私の置かれた環境は私だけの問題ではなく、社会的・普遍的な問題としてとらえ直すことができる。病気や高齢になると、または障がいがあると、子どもが育つときと同じで人の手が必要になる。この事実を認識する人が増えれば、差別・偏見のない住みやすい社会ができる。そんな地域社会の変革として、できることから手をつけたのが、私が仲間たちと始めた旅行支援事業だ。旅を通して生き直しの人生をスタートさせた私の個人的な体験のように、人とのフレアイや人の手を借りることで、誰もが豊かな人生を送ることができる。このことを一人でも多くの人と共有したい。実践は気づいた人から始めることになる。体力がない人も働ける職場づくりにもつながるだろう(その一つが私の職場ともなった)。
こと。そして一度しかない人生まだまだやりたいことがいっぱいある。そんな人生を歩んでいる今を喜びたい。
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