朝日新聞出版AERA(2024年12月16日発売)で紹介されました。

60代の未婚 独身 男性の本音~結婚、仲間、親の高齢化、幸せなど

60代の未婚独身男性からいただいた本音です。
別の独身の方々の本音を読みたい方はコチラ

目次

結婚したい・彼女が欲しい

話を聞いてもらったり、聞いてあげたり、二人で楽しい時間を持ちたいです。

普段、ひとりでいる時はあまり感じないのですが、一般社会が休みの時などに、とても淋しいと思う時が良くあります。街に出ても何となく、目的のために歩いているように感じます。
誰か一緒にいてくれたら、街並みも、いつもとちがうように感じるのでしょうと頭の中で想い描くことがあります。

若い頃美術を専攻し、中年で哲学を専攻した。哲学・宗教・思想の関係は、私の理解では、哲学という正確なものと、宗教という不正確(信仰している人には失礼!)なものの両分野を合せて思想というはずだ。
今は過去の哲学の勉強はしていず、美術にもどっている。残りの人生、美術のたった一つの分野で、美術でなく、芸術ができればいい。
後は自分の身の丈の女性で十二分だ。自分の能力、抜群ではないが、他からも認められているからだ。その自分を愛しているだけに、身の丈の方で十二分!

一昨年、認知症の母が他界し、自分の時間にゆとりが出来ました。同世代で同じ立場、同じ生活環境の方達とお話しをし、懇親の場に参加したいです。一軒家に1人暮らしで、旅行・家庭菜園・近所の方達とゴルフ等を楽しんだりしています。4年程前に退職しました。旅行や飲み会等で懇親を深めたいです。将来を共に出来る方と出会えたらなお良いですね。

40年程、病気と戦ってきました。
寝込むほどでは無いけれど、かと言って人生を上手く回すには辛いという状況で、身体を騙し騙しやってきました。
2年ほど前に、色々状況が変わって環境が変化した事で、劇的に改善。
今、完治しています。

とにかく、頑張って行くというのが心の支えでしたので、その間を無駄にしなくて済みました。
今後やって行こうという目標があります。
それを一緒に歩んでもらえる女性との出会いを希望しています。

仲間と出会いたい

私は経済的に満たされない状態でしたので独身のままでした。そこで生活上で心的破綻をこうむり入院となりました。
最近、あるNPOのメンバーとなり、少しの小遣いも入手できる様になり、経済的に安定すると、友人作りにも弾みがつきます。

仕事をしている時は、それなりに人との付き合いがありましたが、引退後は週に3、4 回のジム通いが中心で、人と会う時は同世代の友達なので、他の世代に出会いたいです。

現在仕事していますので、日・祭日ぐらいの行動範囲です。月~金8:30~19:00、土 8:30~17:00が勤務時間です。年齢が62歳なので、これからの人生を楽しく過ごせたらと思います。

冬ならではのイベントが行われ、寒さをものともせず、当事者はそれぞれに熱のこもった活動をしています。自分もそれに心動かされ、時間の経つのも忘れて楽しんでいます。そのワクワクした気持ちをと共有したら仲良くなれることと思います。

定年になり余暇を持て余しております。人と触れ合わない寂しさを感じています。周りは妻だの子だの孫だのと幸せそうな人ばかりがいるようで、寂しさも一層、感じてしまうこの頃です。同じ様な境遇の人と知り合えたらと思います。

退職して付合いも減り、友人は家族持ちで話があわないときもあり、同じ様な境遇の方と、いろいろ話たり、一緒に出歩ける人ができたらと思っています。

60代未婚独身、幸せになりたい

1人マンション住まい。1軒家に1人住い。広いと思いませんか。誰かと生活を共にしたいと考えた事は無いですか?共同生活的な将来計画はどうですか?男性同士、女性同士、異性同士。今日無事に過ごしても、明日の事は保証出来ないと思います。現代は年令に関係なく就活が大変ですが、就活と共に終活も同時進行しています。本人が生きている時は良いのですが、残念ながらになった時はどうでしょう。それならば、自分の手で処分したら良いのではと考えて、少しずつ片付けをしています。皆さんの意見が聞きたいです。

私が読んだ雑誌で感銘を受けた文章があったので、紹介します。引用はすべてではなく、良いと思った部分を書いています。
人生は、目標を持たなければ充実させることはできない。初めは小さな目標、個人的な目標でもよい。しかし、しっかりと「なんの為に自分は仕事をしているのか」という自覚がなければならない。目標がなければならない。何気なしに仕事に取り組み、人生に取り組むのが一番いけない。朝、今日の目標は何かを考えることである。あるいは、前日に明日の目標は何かを確認したらいい。そして、できれば一年後、三年後の目標、最終的には人生の目標を持っていたほうがいい。その目標を達成するために、「今、何をすべきか」「今からどのように準備をしていけばいいか」を考える。そういうことの積み重ねが、職場に置いても、人生においても重要である。
”今を楽しく過ごせればそれでいい” ”今日の快楽があればそれでいい”という人を一方的に否定はしないが、しかし、やはり納得できる人生を生きるためには「明日のために今日何をするか」「将来のために今、何を為すべきか」ということを明確に心の中でつかまえ、そこに一歩一歩近づくことである。目標を持つとはそういうことだ。人生や仕事に於いて、本当に充実し生き甲斐を求めるのなら、やはり目標を持たなければならない。目標を持つことは大事なことと思いました。

みなさん、スポーツは観るもの、するもの、どっちですか?私は今でもウォーキングとジョギングを体調不良でない限り実行していますが、5月下旬~7月下旬の 2 ヶ月間、右足関節痛になり、かばっていたら親指・踵・排骨筋 etc.連鎖痛でした。治るのに時間がかかるのは、やっぱり「」かな。
私は、阪神ファンです。昭和39年に優勝した時はブーイング受けました。当時は巨人ファンがほとんどだったので、めずらしかったのだと思います。阪神ファンが1位にあげる事といえば、3者連続バックスクリーンに入れたホームランを絶対あげます。その打者とは誰でしょう?逆にピッチャーは誰でしょう? 対巨人戦です。ちなみに東映フライヤーズ時代に3者連続ホームランバッターは、誰でしょう?まだまだありますが。

私の好きな「坂村真民」の「二度とない人生だから」の詩をお贈り致します。
二度とない人生だから
二度とない人生だから 一輪の花にも 無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも 無心の耳をかたむけてゆこう
二度とない人生だから 一番身近な者たちに できるだけのことをしよう
貧しいけれど 心豊かに接してゆこう
二度とない人生だから つゆくさのつゆにも めぐりあいのふしぎさを思い
足をとどめてみつめてゆこう
二度とない人生だから 昇る日沈む日 まるい月かけてゆく月 四季それぞれの
星々の光にふれて わがこころを あらいきよめてゆこう

高卒後、10年ほど愛知県で働いていましたが、理由ありで専門学校へ行き、その後免許取得して現在、医療従事者です。
老若男女相手ですが、話を聞くのが若い時から好きなので職業的に合っているかな…?

これまでの生活環境を少しでも変えたいです。

12月のカウントダウンが次第に近づいてくる。巷では、お歳暮やクリスマスの贈答品選びに忙しいことだろう。私も時々、お世話になった人たちへ温泉の入浴券を配るが、この時季になると必ず思い浮かべる漢字がある。それは「贈」の旁、「曽」だ。
※漢字の左側部分が偏(へん)右側が旁(つくり)。
大昔、貝を貨幣代わりに使用したことから金品に関する漢字に付けられる貝偏。旁の「曽」は、包装しリボンで結んだギフトを「日」に乗せたをしているが、どうせ乗せるのなら「口」であってほしいと私は考える。「口」なら台に見えるし、経済的ゆとりのない人には、言葉こそが金品を超える最高の贈呈表現であろう。
贈呈の「呈」は口の王様と書く。では何故「日」を用いるか、私なりに想像してみた。恐らく「平凡で良い、 日々の生活が無難に送れる幸せに感謝せよ」という古来のメッセージであり、「送る」が「贈る」に繋がるからだと我流で解釈する。
漢字は探れば探るだけ発見があり、生活観や多種多様なルーツに遭遇する、未知なる世界の入口だとつくづく感じる。大禍無き我が一年を振り返る師走のひととき、独り暮らしの宿命に耐えつつも小さな幸福に満足

60代未婚男性のこれまで

私はこの年令で1度も結婚していません。14~15年前から、つきあいをしていた人はいたのですが、昨年11月入院・手術して今年5月に亡くなられました。ずっと尾を引いている状態です。遠距離(50km)で、週末・祭日のつきあいでした。隣に居る人がいない。食事に行っても前にいない。スポーツ大会でゴールで待っている人がいない。ドライブしている車内でも返事がない。ものすごく寂しいですよ。この年令で、これからの人生で同調してもらえる人。一言、一声、語らいましょう。

父親に3才で、母親に7才で先立たれ、姉とは16才、長兄9才、次兄5才と離れておりましたので、兄弟で遊んだ事も余り有りませんでした。それも一因でしょうか。小生、子供心にも、誰にも頼らず7才で独立して生きなければ、と決意致しました。それも影響していますかも知れませんが…おのずと人と話すのは苦手です。仕事は、話す事が少ない、機械相手作業に30年程たずさわって参りました。このような性格の小生に理解の有る、朗らかな温かい家庭を築きたく思います方との出逢いを求めております。
【編集注・上記と同じ方】
小生、両親に早く先立たれ、家庭の温もりを知りません。中学卒業までは姉の家で世話に成り、其の後は働き、夜学に通い、67才の今まで独りで生活して参りました。また、小生は子供の時は体が弱く、今までなんとか生きて来た感じです。

20代、マイカー無い時は旅行好きで、山陰・山陽・九州と1人旅でした。3年後にマイカー購入後は、中部・北陸方面へ会社の仲間とドライブでした。
思い出深いのは、2人で愛知県から青森まで20時間かけ、青函フェリーで行き、「五稜郭公園」駐車場で車中泊、その後帰省して道内回り、帰りは「太平洋沿海フェリー」で名古屋入りした旅行です。1時間ぐらい道路が「揺れる」感じでした。
音楽もコンサートに行きました。カンツォーネ・ジャズ・演歌・フォーク。今でも好きなジャンルはフォークです。
「森山良子」を初めて聞いたとき、背筋が「ザワー」でした。「岡林信康」「加川良」「遠藤けんじ」「五つの赤い風船」etc.「高石ともや」「たくろう」「陽水」「かぐや姫」「フォーククルセイダーズ」その中でも「赤い鳥」(解散しました)が好きです。

なぜ私が今まで独身でいたかと言いますと、大卒後に勤めた会社を2年で辞めてしまい、その後なかなか定職に就けなくて病気になってしまい、精神科病院に入院してしまったこと等が原因です。なかなかその後、経済的自立ができなく、女性との縁も少なく、それを何年も繰り返してきたことの為です。

60代独身で一人

たしかね なにかの本で読んだことがあるけど…。
クリスマスとお正月は大嫌いなんだって!
私は その心境よく解るよ!
何故って?
主人公のその女性がつぶやくんだ…。
「相手の男達はふだん自宅に帰らないけどさ この日ばかりはみんな帰る…」っていってたよ。
シングルにはちょっと辛い季節です。

今までどこへ行くにも何をするにも独りで行動してきました。

60代独身男性の親や家族の高齢化

数年前に親が特養に入所。面会にいきますが認知も進み、今は静かに寄りそう事と思っています。

引っ越しました。理由は、81才になる姉が御主人を亡くし、一人暮らしになったことで、親戚からの熱望で姉の身の回りの世話をして欲しいとなった為です。
来て暫くして、姉は親戚の勧めで老人ホームへ入居してしまい、私は一人取り残された形です。
その後は、する事も無く、行く所も無く、知人・友人も無く、毎日が孤独感で一杯です。

お独り様会会員様の寄稿から抜粋しています。

お独り様会

独身の「友達」を作ることから始めませんか

独身者限定で、同性・異性の友人作りを目的とした会です。

未婚・離婚・死別の方々が「友達をつくりたい」「結婚相手を見つけたい」「同じ独身の方と気持ちを共有したい」などの目的で入会し、会報、LINE、オフ会、オンラインコミュニティサロンなどを通して日々交流しています。

会費:月額1,980円
20~34歳の女性は無料

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

CAPTCHA

目次