その人の性格やその人を取り巻く様々な環境などのもと、凝り固まってしまった心、あるいは、閉ざされた心が、外からの影響を受けて開かれる時。そこには、大きなドラマが生まれます。
今回は、登場人物に感情移入しながら、そうした感動やカタルシスを味わえる作品3本をご紹介いたします。
グリーンブック
出典:グリーンブック公式サイト(GAGA)
映画情報
2019年(アメリカ映画)
キャスト:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
監督:「メリーに首ったけ」等のコメディ映画で知られるピーター・ファレリー。
2019年アカデミー賞:作品賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞の3部門受賞
作品概要
公式サイトのキャッチコピー:「旅の終わりに待ち受ける奇跡」
実話を元にしたお話。1960年代、人種差別が根強く残るアメリカ南部で、黒人ピアニストと、彼に雇われたイタリア系白人運転手が演奏ツアーの旅を続ける中で、友情を築いていく様子を描いたヒューマンドラマです。
※「グリーンブック」とは、黒人が利用できる施設を紹介したガイドブックのことです。
主要な登場人物
イタリア系白人運転手:トニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)
ナイトクラブの用心棒。無学でがさつだが、腕っぷしとハッタリが強い。機転が利いて、トラブル解決能力があり、家族や周囲に頼りにされていました。
天才ピアニスト:ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)
ホワイトハウスで大統領の前で演奏した経験もある黒人天才ピアニスト。博士号を持ち、ドクターと呼ばれていました。
感想や見どころ~「心の壁を越えた向こうに見える景色」
※一部結末につながる部分あり
なんといっても、でこぼこコンビの2人が魅力的です。全く違うキャラ、運転手とピアニスト、なにもかも違う2人が、衝突しながらも、自分の持っていないものに惹かれていき、互いにリスペクトしあうようになっていく。その変化の過程が心に響くように描かれていて、すっかり感情移入してしまいます。
冒頭で描かれているように、愛妻をはじめとする家族や仲間に囲まれ、それほど裕福ではないものの、幸せそうなトニー。一方、エリート、黒人、同性愛者という複雑な面を合わせ持ち、アイデンティの問題に悩むシャーリー。彼は大勢の観衆の喝さいを浴びてもどこか、寂しそうです。
噛み合わない会話や行動には、大いに笑わせられます。特にトニーのユーモアのセンスや忖度のない行動がシャーリーのどこか閉ざされたような心の扉を開いていきます。最初はほとんどなかったシャーリーの笑顔が次第に増えていくのが印象的です。
一方、大統領の前で演奏したこともあるエリートであるシャーリーですが、コンサート会場、ホテル、酒場、洋服店で、警官からと、さまざまな場所で差別を受けます。
そんな時のシャーリーは諦めてしまっているのか無抵抗でしたが、差別に対するトニーの怒りと行動が次第にシャーリーを動かしていきます。最初は黒人に対する偏見を持っていたトニーも大きく変わっていきます。
この2人が互いの長所に、だんだん惹かれあいながら化学反応を起こして、「旅の終わりに待ち受ける奇跡」へ向かうところが見どころです。
「奇跡」とは、当初予想していたような、大きな出来事ではなく、心の壁を越えた向こうに見える美しい景色といった感じのものでした。心に温かい余韻を残してくれる素晴らしいラストだと思います。
シャーリーがトニーに妻への手紙の書き方を指南するシーンが微笑ましかったのですが、これがラストシーンへの伏線になっています。妻が人種差別を持っていないことを示す冒頭のシーンと相まって、ラストシーンにつながっていきます。
心をうつ名セリフ
印象深いセリフの一部をご紹介します。
私が完全な黒人じゃなくて、完全な白人でもなくて、完全な男でもなかったとしたら私はいったい何者なんだ?
アィデンティの問題に苦しんでいたシャリーがずっと抑ええていたものを爆発させ、泣きながらトニーに訴えた言葉。
世界は最初の一歩を踏み出すのを恐れている孤独な人々であふれている
トニーが疎遠になった兄弟に会おうとしないシャーリーに言った言葉です。この作品のテーマにもつながる象徴的な言葉だと思います。
誰もがベートベンやショパンや皆が言うような他のピアニストのように演奏することはできるけど、あんたの音楽はあんたにしかできない
トニーがシャーリーの演奏を賞賛して言った言葉。
出典:映画で英語ドットコム
ルーム
映画情報
2016年(アイルランド・カナダ映画合作)
キャスト:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ
監督:レニー・アブラハムソン
2016年アカデミー賞:主演女優賞(ブリー・ラーソン)受賞
作品概要
公式サイトのキャッチコピー:はじめまして、〖世界〗
狭い部屋に7年にわたり監禁された女性と、監禁した男との間に生まれ、その部屋の中で育った息子。その2人が外の世界へ脱出を試み、社会で生きていく中での葛藤や苦悩を描いたヒューマンドラマです。原作は実話をベースに書かれたとされています。
主要な登場人物
ジョイ(ブリー・ラーソン)
高校時代に突然監禁され、23歳になっています。シングルベッドがひとつ、トイレとバスタブ、テレビに簡易キッチンだけの「ルーム」と呼ぶ庭の納屋で息子と暮らしています。「オールド・ニック」と呼ぶ男が週1回、日用品を部屋に持ってきますが、その時に性的虐待を受けています。
ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)
5歳の少年。ルームの中で育ち、ジョイからはルームの中の世界だけが「真実」で、それ以外の世界はテレビの中にだけ存在する偽物だと教えられています。「オールド・ニック」が来る時は、クローゼットに隠れています。
感想や見どころ~「残酷な世界が救いに変わる瞬間」
※一部結末につながる部分あり
「おはよう、卵へび君!」
冒頭は、ジャックが、卵の殻で作ったオモチャ、親しみを込めたネーミングの家具、空想上のペットや小物に声をかけ、ママ(ジョイ)と歯を磨いたり、ストレッチをしたりと、穏やかなシーンではじまります。まるでルーチンワークのよう。部屋には、唯一の窓である天窓が届かない位置にあり、そこから空を眺めて過ごすことも。
導入部は、ジャックの視点で描かれ、すぐに「ルーム」の世界に入り込めます。見事な構成です。同時に、この狭い世界で楽しみを見つけ、子供らしく振る舞うジャックの姿が切ないです。
そして、話の進行とともに、2人が極限状態の中にあることが少しずつ描かれていきます。
前半はこの部屋での生活と脱出劇が中心。脱出シーンは、スリルに満ちていて、手に汗を握ります。テンポよく進み、サスペンス的な要素を堪能できます。外に出た時、トラックの荷台からジャックが本物の広い空に驚くシーンは感動的です。
そして、後半は、社会の中に突如戻った後の2人が描かれます。
7年の空白、母親の再婚、監禁の犯人が父であるジャックを受け入れられない実の父親、興味本位のマスコミなど、ジョイは精神的に追い詰められていきます。深く苦しんだ末、ジョイは、傷つき、自殺未遂で入院してしまいます。地獄から抜け出たのに、新たな地獄が続くのです。
被害者の深い傷と、それに追い打ちをかける社会の在り様さまがリアルに描かれています。
そんな中、ジャックは、これまでとは全く違う世界に戸惑いながらも、母親以外の人と触れ合いながら世界を広げていきます。
入院していたジョイは、その後、ジャックが再開、そして、ジャックの母親を助けようとする気持ちや行動がジョイの心を動かし、病を克服していきます。母と子の強い絆が感動的です。
そして、2人がとらわれ続けていたルームと決別するラストシーンへと向かいます。
世界の残酷さをつくるのは人と人との関係。また、世界の救いにつながっていくのも人と人との関係だということをこの映画を通じて強く感じました。
この映画の見どころの一つは、社会に戻った2人にとって、同じ景色を見ても、他の人とは大きく違うということを、ジョイとジャック、あるいは、2人とジョイの両親との会話によって見事に描いているところです。(※後述でセリフを一部紹介)
私は会話が印象深かったですが、狭い世界から広い世界に来たジャックの目が変化に対応できず、視点がぼやけているシーンなど、映像もよく考えられています。
心をうつ名セリフ
世界にはたくさん“場所”がありすぎるよ。全ての“場所”に対してバターみたいに時間を少しずつ薄く振り分けないといけないから、時間が少なくなるんだ。
ジャックのセリフ
たくさんの物がありすぎて、ときどき怖いよ。でも大丈夫。だってお母さんと僕だけしか(この世界に)いないのは変わらないから。
ジャックのセリフ
ママと僕は、何が好きか分からないから、なんでも試してみようって決めたの。
ジャックのセリフ
きっと大好きになるわよ(ジョイ)
なにが (ジャック)
世界が (ジョイ)
※出典:「映画で英語ドットコム」
グラントリノ
映画情報
2008年(アメリカ映画)
キャスト:クリント・イーストウッド、 ビー・バン、アーニー・ハー
監督:クリント・イーストウッド
2010年 日本アカデミー賞 外国作品賞受賞
作品概要
公式サイトのキャッチコピー:
俺は迷っていた、人生の締めくくり方を。少年は知らなかった、人生の始め方を。
朝鮮戦争の従軍を経験し、孤独に暮らす気難しい元軍人の男と、近隣に引っ越してきたアジア系移民の家族との交流を通して、自身の偏見と向き合い、葛藤する姿を描く。
主要な登場人物
ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)
自動車工として50年働いたフォードを引退したポーランド系米国人で、日本車が台頭し、東洋人が増えたデトロイトで隠居暮らしをしている。愛車グラン・トリノ(72年型のヴィンテージ・カー)が誇り。偏屈さに息子夫婦や孫たちにも嫌われているが、戦争で人を殺した過去に苦しんでいた。
タオ・ロー(ビー・ヴァン)
アメリカ生まれのモン族(少数民族)の少年。ウォルトの家の隣で暮らしている。頭はいいが内気で、同じモン族の不良グループから嫌がらせを受けている。
スー・ロー(アーニー・ハー)
タオの姉。しっかり者で社交的な性格をしており、不良グループに絡まれてもひるまない。ウォルトの優しさを一番に見抜く。
感想や見どころ~「人種の壁を越えて受け継がれる一人の人間の生きざま」
※一部結末につながる部分あり
数々の名作を送り出してきた映画監督クリント・イーストウッドの代表作の一つ言われています。
偏屈老人のウォルトは、人種に対する偏見を持ち、アジア系の移民が増えていくことに不快感を感じていて、隣に住むモン族のロー一家のことも良くは思っていませんでした。息子家族との関係は悪く、近隣の人とも関わりを持とうとしない。戦争で人を大勢殺してきたという罪悪感にも苛まれていました。
ウォルトは口汚く、アジア系移民に対する差別用語を連発。(そのためこの映画はR指定となっています)。口汚さは、おなじみの「ダーティーハリーシリーズ」のキャラハン刑事を彷彿させます。
隣同士にいながら、大きな心の壁で隔てられていたウォルトとロー一家でしたが、タオが不良グループにそそのかされて愛車グラン・トリノを盗みに入るという事件がきっかけで、徐々に交流が生まれます。この事件では、結果的にウォルトが不良グループからタオを助け出します。
また、その後、ウォルトは、男に絡まれていたタオの姉スーを助けます。気さくな性格で英語も話せるスーは、ウォルトの心を解きほぐしていきます。そしてウォルトを自宅のパーティーに招待します。
タオを救った翌日、自宅の前に置かれた大量の料理やお菓子を迷惑がったり、その後、招待されたロー一家のパーティーに、戸惑いながら参加するウォルト。
温かい交流とは無縁だったウォルトの戸惑いと、言葉の問題もありウォルトの様子にはお構いなしで、恩に対して過剰にお礼の気持ちを表すロー一家。そのどこかずれたやり取りが笑いを誘い傑作でした。また、両者の心の壁が取り除かれていくようす、ウォルトは実は心根が優しいことが見事に描かれています。
その後、ウォルトは、タオの母親に「職についていない息子をこき使ってほしい」と依頼され、渋々引き受けます。働く喜びに目覚めるタオを見直していくウォルト。一方、父親がおらず、人生の師のようにウォルトを慕うようになっていくタオ。
不思議なきっかけから交流が始まった2人は、家族のような深い絆で結ばれるようになっていきます。ウォルトはタオを1人前の男にすることに、生きる喜びを感じていました。
何事も順調に進んでいたその一方で、ウォルトは癌に冒され、余命いくばくもないことを知ります。また、不良グループの嫌がらせが再び始まり、タオや家族が命の危険にさらされるほど激しいものになります。そして、タオの家への襲撃とやスーへの暴行。ウォルトは、報復をしようと怒りに震えるタオを、自宅の地下室に閉じ込めて、一人で決着をつけに行動を起こします。そして、衝撃的なラストを迎えます。
ラストは感動的で深い余韻を残すシーンでした。しかし、一方で、「これ禁じ手じゃないの」「ほかによい方法はなかったのだろうか」といった?が付きました。
タオの家族の安全が限界に来ていたことや、自分の死期が近いことから、そういった行動に出たのでしょうが、色々と考えさせられました。
タイトルにもなっていて、最後、タオに受け継がれる「グラン・トリノ」は古きよきアメリカの象徴を表しています。
舞台のデトロイトは、日本車の攻勢で地域の自動車産業が衰退し、白人が減り、移民が増えていった都市です。この映画でも、ウォルトの息子が日本車のセールスマンという皮肉な設定が盛り込まれています。また、モン族に関しても、かつてアメリカによって戦争に巻き込まれた悲劇的な歴史があるようで、そうした知識があると、より深く鑑賞できる作品であると思います。
心をうつ名セリフ
ウォルトはぶっきらぼうなセリフが多いので、名セリフというよりも、映画の中で印象深い言葉をご紹介します。
「怒らせたのが大間違い」という男もいるのだ、例えば俺だ。
黒人グループに絡まれたスーを助けるシーンでのウォルトの言葉
どうにもならん身内より、ここの連中の方が身近に思える。全く情けない。
タオの家族のパーティーに参加したウォルトの言葉
「人を殺してどう感じるか?」 この世で最悪の気分だ。それで勲章などもらい、もっと気分が悪い
戦争中に人を殺した時のことをタオに尋ねられたウォルトのこたえ
※出典:「映画ひとっとび」
まとめ
以上、私が見て心に残った作品を3作ご紹介しました。有名な作品ばかりですが、ご覧になっていない方には、ぜひおすすめです。
「心の扉を開く」というテーマでまとめてみましたが、各作品とも、いくつものテーマがちりばめられていると思います。
どの作品も出演者の演技が素晴らしいのですが、「グラントリノ」のクリント・イーストウッド、「グリーンブック」のヴィゴ・モーテンセンは、特に好きな俳優で、これらの俳優の出演作品は気になります。
「ルーム」のブリー・ラーソンは、この作品でアカデミー賞の主演女優賞を受賞して以来、一気にスターダムにのし上がったといわれています。また、子役のジェイコブ・トレンブレイはその後が気になります。
「グリーンブック」のアフリカ系俳優マハーシャラ・アリは、私はこの作品で私は初めて観たのですが、同作品と同じくアカデミー賞助演男優賞を受賞した「ムーンライト」での演技が絶賛されており、ぜひ観てみたいです。
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