50代の死別独身女性の本音

50代の死別独身女性からいただいた本音です。
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死別経験~50代死別独身女性

「愛してくれてありがとう。私に対しての献身を誇りに思っている。こんなに幸せな夫はいない。世界一幸せだった。そして、これから守ってあげられなくてごめんね。来世は18歳で迎えに行くけどいいかな?」と来世のプロポーズをして、お別れの言葉を残してくれました。

私の腕の中で逝ったのに、その現実を受け入れられない私。もう一生会えないなど信じられない私。自分の体も心も人生ももぎとられた様で、この世の全てが静止してしまい、全てが終わり、全ての色が消えてしまいました。

夫は自身が運転する車の事故で亡くなりました。即死でした。前日の夜「明日の朝は早いから、もう寝たら」が最後の会話でした。
上の子は大学3年、下の子は大学入学したばかり。お店を経営していたので、葬儀の翌日から営業しなければなりませんでした。その後、お店は閉めることになり、処理に時間がかかりました。

夫がガンを発病。手術、抗ガン剤治療、入退院のくり返し。そして2年前、夫の希望通り、自宅で最期をむかえることができました。
希望をかなえてあげられて良かった。後悔はあまりないはず…。でも淋しい、空しい。
自分が生きていることに目的も意義も見いだせず、職場と自宅を往復するだけ。
眠剤に頼らなければ眠れない、空っぽの自分。

夫に肺がんが見つかり、手術。その時に多形癌という症例の少ない癌があり再入院しました。抗癌剤も効かず、短期間のうちに組織全体に広がっていく癌だと告知を受けました。
少しでも負担の少ない医療をと考えホスピスケアの病院に移る手はずも整え、夫と闘病生活を送りました。医師の告知よりずっと短い、たった2か月の闘病生活で夫は帰らぬ人になってしまいました。
夫は看護士さんに「僕はまあまあ幸せな人生を送ってきたと思う。子どもも自立したし思い残すことはないんだけど、心配なのは泣き虫な家内だけだなぁ」と言っていたそうです。
そういうことはきちんと私に伝えてほしかったと思います。

一人の大変さ~50代死別独身女性

10年前に当時中3の長男を、6年前には夫を亡くしました。
せまい町に暮らしていて、人目を気にし、外にも出られない日々です。

さまざまな経験を通して、人間は一人では生きていけないということを実感しています。

主人を亡くしてから、本当に自分で出来ることはすべて自分でやらなければとの思いで、事務的なことはもちろん、家屋の登記も法務局へ通い自分でやりました。

今月に入り、腕時計は動かなくなる、ビデオは写らなくなる。
おひとりさまはいろんなことを自分で対処しなければなりませんね。
アクシデント続きで一つずつ解決するしかありませんでしたが、きっと私だけでなく、みんな同じように、こうしていろんなことを乗り越えているのでしょうね。
いろんな問題をこれからも何とか乗り越えていきたいと改めて思います。

ここ数年、判断ミスやら、迷って結論がなかなか出せない事が多い。
痛い目にあって、これは違ったと気づく。きっと前からこういう私だったのだろう。
運命共同体の夫がいた時は、背中を押されたりアドバイスに助けられていたから、迷路に入り込まずに済んでいたのだと思う。
失ってみて、存在の大きさを感じている。

夫と死別してから2年の月日が流れました。あっという間に過ぎたように思います。
一人になり、やらなくてはいけない事が沢山あることに気づきました。
パソコンの管理なども。
いなくなったことに悲しんでいても前に進めない。
こんな思いをしている人、他にもいるのかもしれないと思い始めています。

夫が亡くなったあの日から、自分のことも家のことも自分で決めて行動しなければなりません。
心細さと不安でいっぱいでしたが、我が子やたくさんの心優しい人たちのおかげで、自分で決め、自分で行動することができるようになりました。
以前より決断に迷うことが少なくなりました。
時の流れが私を強くしてくれたのでしょうか。

自分の人生を~50代死別独身女性

最近までひきこもり中でした。
これからは自分の為だけに時間を使い、楽しみたいです。

5年前に主人を亡くし、自営業のため私が全て引き継がないといけなくて、休まず働き通しでした。
子供も大きくなり、あらためて自分の将来を考えるようになりました。

夫と死別して13年、二人の子供も独立して母も介護施設に入所。
一人暮らしを始めて4年経ちました。
仕事ばかりでこのままで良いのかと思う今日この頃です。

夫の3回忌が近付いたころ体調が思わしくなくなり、検査の結果、リウマチにかかっていました。通院の便利さを求めて引越ししました。
将来 この病気から動けなくなったときのことを考え、身体が動く間は楽しいことを沢山しようと考えました。

夫は9年前に病気で亡くなりました。まだ若く、悔いの残る人生だったと思います。人の命の限りに直面し、自分を半分失ったような喪失感があります。
色々な「一人」があると思いますが、美味しい物を食べに行ったり、行動範囲が広がるといいなあと思い始めています。

主人を亡くしてから、精一杯頑張ってきました。
最初は引きこもりの生活でしたが、このままではいけない、自分で行動できるようにならなければと目標を持ち、映画を観に行くことから始め、今は山登りや旅行も楽しんでいます。
仕事をして、休日は家の事や、生活を維持するためのいろんなことをしています。
先日の休日には庭のサクランボの消毒をしました。
「お前は行動的で前向き」と、自分を励まし褒めました。

主人の亡き後は、自分の趣味として体力維持を兼ねて軽登山をしています。
年間30山は軽く登ります。今年も山へ向かいたいです。

12年前に主人を亡くしまして、残された人生を楽しく過ごしたいと思っています。

平均寿命を考えてもまだまだ人生は長いと考えたり、でも時間は有限と思ったり、とにかく人生の後半も有意義な時間でありたいと思っています。

何かをやり終えると、ふと夫のいない寂しさに襲われることがあります。
我が子がいても連れ合いがいない。「お独り様」と呼ばれることの悲しさや孤独を感ずることもありますが、天からいただいた自由です。
自分がやりたいと思うことは何でもチャレンジしよう。
夫が生きることのできなかった60代を有意義に、そして楽しまなくては…。

休んでいた趣味の水泳を再開し、家では子ども達と愛犬二頭が私の心を癒してくれます。
これからは、 自分に残された時間を心の思うままに過そうと思います。
「今出来ることは先送りしないですぐ行動に移す」これが私の当面の目標です。

私には何も残っていません。悲しみと生きているのか死んでいるのか、この宙をふわふわと、さまよっている抜け殻の私でした。
しかし、私は生かされていました。私は生きている、そう気がついたのです。春を迎えている。彼は私を生かしてくれたのだと…。私は、これから自分らしく生きていかなくてはと思えるようになりました。私は、ここからスタートします。本当にご苦労様でした。今も愛しています。ありがとう、あなた。

前向きに~50代死別独身女性

まだ時々涙がこぼれますが、いつまでも彼に心配をかけないよう、少し前向きになろうと思います。夫は私の周りにたくさんの幸せの種を残してくれていますから。

夫と死別後、やっと前を向いて一人の人生を楽しんで生きて行こう!!と思うようになれました。

主人を突然死で亡くしました。前向きな気持ちで、いろいろなことを楽しみたいです。

3年前、夫に先立たれました。現在子供と二人暮らし。これからの人生を楽しみたい、男女の友達がほしい…と、最近前向きに考えるようになりました。

夫を亡くし1年が過ぎ、本当に泣いてばかりだった。でも、寂しいけど、この頃泣かなくなった。

カラオケ・野球の応援・パークゴルフ・旅行、全て夫と一緒だったから、1人になった時どこにも行けず、家の中にいた。可愛がっていた犬も亡くなった時は、半端なく落ちこんだ。
きっかけになったのは、大好きだった歌手のコンサートに行った事。会場全体が昔に戻って、 一人で行ったのに周りの人と楽しく過ごしてきた。

主人が亡くなって20年以上経ち、大病を患い、療養生活も経験した今、主人との思い出に生きる(過去にばかり生きる)のは止め、ようやく前向きに生きる気持ちになりました。
療養生活中に友人2人が病気であいついで亡くなり、寂しい思いをしていたのも一因です。

とても心に残っている文があります。それは「無念の想いで先に逝ってしまった人の分まで、残された人は生き抜いていかなければならない。」まさに私へ課されたことだと思いました。
もう10年になるのに、こんなにはっきり文章になるとあらためて気づかされました。

引きこもりの時期に私の友人は「笑顔でいれば可愛く見えるよ」と、言ってくれました。口角を上げ、歯を見せるだけで自分も相手も幸せな気分になるのです。
私は57歳です。友人は「いゃ~若く見えるよ。56歳位に見えるよ」とからかいますが、56歳に見えるのと58歳に見えるのは大違いです。若く元気が良い57歳でありたいと思います。みなさんも笑顔を心掛けましょう。

一人のさみしさ~50代死別独身女性

日中や仕事をしている時は良いのですが、夜になり一人で居ると無性に寂しいことがあります。その心の隙間を埋められません。

今年、大好きな夫は天国に行ってしまいました。
一人に慣れなくて寂しいです。

生家は季節の行事を大切にしていました。クリスマス・お正月・七草粥・桃の節句…はもちろん、菖蒲湯やお月見も。年末には父は車、私や弟は自分の自転車をぴかぴかに磨き上げ、小さなしめ飾りで仕上げたものです。
でも独居の今、同じように暮らすのはとても難しい。冬至の頃は柚子の値段が上がり、ひとりのお風呂にたくさん浮かべるのはもったいないし、節分の豆まきの大声も気恥ずかしく盛り上がりません。季節の移り変わりは、暑い寒いの気温の変化と天気予報で知る毎日です。
仕方ないな…と思いつつも寂しく、また父母にも申し訳ない気がしてしまいます。

夫亡き後は一人の人生を楽しく充実したものにしたいと、大好きなコーヒーやアロマ、ハーブ教室などに通い、検定にも挑戦してみました。一人で過ごすための趣味を見つけられました。
しかし、同年代のお友達が、ご主人と同じ趣味をもって休日を楽しんだり、単身赴任のご主人の所に訪ねていく事になったりすると、少し羨ましいようなさみしいような気持ちになります。

寒い日ばかりで、すっかり出不精になってしまった。この季節、家の中に閉じこもっていると、2年前に亡くなった夫を思い出すことが多くなり、やっと前向きになっていた気持ちが迷路に入りそうになる。
そして若い時と違って足、腰の筋力が衰えてしまいそうで、「だめだなー、これでは」とハッパをかける。

四年前、夫を胃がんで亡くしました。娘と息子がいますが、やはり淋しいです。

私は婚活中です。そう簡単に見つかるものではないことを痛感しています。そうこうしているうちに季節はどんどん過ぎて行き、あー、今年も花見や、花火大会、行きたいところにも行ってないなぁ…と。一人で行くのではますます淋しさが募りそうです。

夫の死後、「気ままで自由でいいよ!」と強がって一人でツアーに参加したり、温泉に行ったりしていますが、やっぱり淋しいです。家族のいる友人は気軽に誘えないし時間も合いません。

男の子二人で今後同居するつもりは全くなく、老後は何処でどう暮らすのかなども考えてしまいます。

主人とは結婚31年で死別するなんて、夢にも思っていませんでした。子供3人も独立し、やっとこれから2人の人生を…と思っていたのに、去年帰らぬ人となってしまいました。

悲しみもいえぬ時期に今度は私が病気になり、死も覚悟しましたが、 4ヶ月の入院で、今は普通の生活ができる様に回復しました。落ち着いてくると、今度は1人ということが淋しくて…。犬がいるのですが、気がついたら一日、犬としか話をしていなかったり…。

ひとり暮らしは気ままで、仕事や趣味など楽しいことをしている時は何もかも忘れることが出来て良いのですが、寂しくてTV、ラジオの音がなければ生活できず、誰とも会話しない日もあり、たまに、とても悲しくて、涙を流すことがあります。

2年前に夫を亡くしてから、自分の時間が持てるようになったものの、昼夜、週末を問わずに会える友人が少ないので、さびしい独りぐらしをしています。

主人と死別して9年が経ちます。なかなか立ち直ることはできませんでしたが、少しずつ落ち着いてきました。お独り様にはまだ慣れずに淋しく感じることあります。

夫が亡くなり、ボッカリ穴があいたようです。毎日何かしら用事を作って出てますが、夕方になると孤独感におしつぶされそうです。誰か話し相手が欲しいです。

6年前に主人と死別しました。今は母と生活しています。介護ストレスや今後の不安で、なしでは眠れない状態です。残りの人生を少しでも実りあるものにしたいです。

本当に突然に…。夫と死別してじきに4年。無我夢中で毎日を過ごし、最近ようやく自分自身のことを考えられるようになりました。友人知人には幸い恵まれてはいますが、やはり何となく閉じた暮らしをしてしまいがち。

自由で楽しそうでいいね」とか「無理して明るくしているね」と言われます。どちらも当たっている私です。楽しい時間を沢山つくるようにしてはいますが…。

死別の悲しみ~50代死別独身女性

年老いたらいずれは独りになる。夫婦も同じこと。しかしこんなに早く自分に降りかかるとは想像もしていませんでした。

私の夫は闘病三ヶ月半で旅立ちました。自分の無力さを改めて知り、ただ現実を受け止めるしかありませんでした。あっという間に二年が過ぎ、過去を振り返っても進展の無い自分がよく分かりました。

ガンと告知を受け、手術をして5ヶ月の自宅闘病生活。残ったのは寂しさと悲しみと苦しみだけでした。こんなつらいことだとは、思ってもいなかった。
病気になってからの主人との事が毎日のように頭の中をかけめぐり、もっと笑顔でいてあげたかったとか、こうしてあげれば良かったとか、とめどなく涙が流れ、天国の主人に「ずるいよ、先に行って」と泣きながら訴えたことも。
毎日は長かったけど、1年はあっという間でした。今もまだ時々、主人のいない現実を受け入れられなくなり、どうすることもできない寂しさに泣いている私がいます。

たまに外出してもカップルばかりが目につきます。
もっともっとあんなふうに過ごせたのに、もっともっと暮らしを楽しめるはずだったのに、泣き、叫び、怒り、引きこもり、このままじゃダメになると思いました。

夫が亡くなって私の唯一の願いは、たった一度でいいから会わせて、一度でいいから会いたい。神にも仏にもお願いしましたが、叶えられませんでした。二人で戦った闘病期間。病の壁は高く厚く、のり越えることも突き破ることもできませんでした。
病気のために世界がすべて変わり、世間一般の楽しみも極端に制限され、少々あった貯えも消え、入退院を繰り返し、死への恐怖と隣り合わせでした。苦しむだけ苦しみ、あんなに頑張ったのに、彼はあっけなく、あっという間に逝ってしまいました。

夫を病気で亡くしました。喪失感、さみしさ、むなしさ、すべてが私をおそいました。
優しく、いつも私を大切にしてくれた夫。今でも、会いたくて、会いたくて…。この気持ちをどの様にして次に進めていったらよいのかが私の現在の課題です。何をもっても、うめつくせない心の空洞
早く夫のところへ行きたいとも思っています。しかし、私も生きていかなくてはならないのです。

去年、夫を病気で亡くしました。時間が経っても、癒えない悲しさ、寂しさがあります。

20代に離婚、30代で再婚、40代の終わりに死別しました。心から信頼し安心できる主人でした。この喪失感はとてもとても表現出来ません。おひとり様…自分がなるなんて思いませんでした。
望む未来は叶いません。ただ一緒に居たい、たったひとつの望みは決して叶いません。表面上は明るく元気に見受けられるかも知れませんが、心の深い部分とのズレを感じます。

今月誕生日だったので年齢が1つ増えました。
夫の写真に向かって「アナタの年齢に2つ近づきました。同じ年まで元気でいられるでしょうか?それとも越えて元気にしているでしょうか?どうか、ずっと見守っていてください」と手を合わせながら、昨年はそれどころではなかったなーと、振り返られる私がいました。子どもたち、孫に花やケーキをプレゼントされ、久しぶりに嬉しい涙が出ました。
夫のいない2度目の誕生日でした。

少しずつ元気でいる今でも、突然どうしようもなく夫に逢いたくて、夫が着ていたセーターを抱きしめ、思いきり泣いています。声を出して泣くといい。それで悲しみ、寂しさが減る訳ではないですが、がまんする事を一つ減らすだけでも、少し楽になれる気がします。
家にいても夫との想い出ばかりが残っていて、外に出たら少しはと思ってみたものの、夫婦で買い物する姿を見て、私にはもうできなくなってしまったとか、どこにいても、どこを見ても悲しいことだらけで、そしてそれをがまんしていたから、心の中がパンクした。精神的に不安定になり、今も安定剤や眠剤を手放せません。
泣く自分がいてもいいから笑う自分もいるようにしよう、そう思うことに…夫に甘えっぱなしの今までだったけど、いつか迎えにきてもらった時、沢山話すことがあるように、一人になった人生を元気に歩いて行こうと思います。

主人を昨年、病気で亡くしました。まだまだ立ち直るのに時間がかかりそうです。

夫が病で亡くなり、三年が経ちました。
子供が巣立ち定年退職したら、夫婦でのんびり旅行やコンサート、映画館や食事などへ出かけ、第二の人生を楽しもうと考えていましたが、それも叶わず、夫は働き盛りで、年金を一度ももらうことなく旅立ってしまいました。
絶望、悲しみ、喪失感、怒り。そういった感情は、家族や周りの友人の支えや時の流れがとなって徐々に薄れていきました。

スーパーで仲むつまじく買い物をしているご夫婦を見掛けたり、駅前で奥様を迎えに来た車中のだんな様を見掛けたりすると、「自分は一人になったのだ」とひしひしと感じることがあります。友人たちと食事へ出かけても、皆には家で待っているだんな様が居るのです。こんなふうに、ときどきいじけてしまうのは仕方のないことなのでしょうか。はぁー。もっと心身ともに強くてしなやかな女性になりたいものです。

主人が「千の風」になったのは4年半前。あれから信じられないくらいのスピードで時が経っています。私は主人を看取ることが出来たので、それだけでも感謝しなければと思っています。
今までは色々な人に「大丈夫? 」と聞かれると「大丈夫! 頑張る!」と応えて来ました。本当は寂しくて寂しくて心が押し潰されそうです。

夫を亡くして早や9年…。長くて短い9年間でした。よく、死別女性は強く、元気になるのが男性より…と申しますが、果たしてそうでしょうか?泣く回数は減ったかも知れません。でも想い出す回数は前より増えたかも?

状況が変わると、今まであたり前すぎて何も感じなかった事が目に止まります。世の中に夫婦っていっぱい…。地下鉄でもスーパーでも旅行先でも羨ましい限りです。仲よく年をとって穏やかに暮す。暮せるものと思っていました。普通の生活なのに…。
神様はいじ悪で私から夫をうばって行きました。酷いです。何だか神様の悪口を言う相手が欲しくなりました。

今までたいした努力もせずに過ごしてきましたが、この6年が一番頑張ったのでは、と思います。幸い、良い友人達にも恵まれていたり、仕事も好きでしているので、人から見ると恵まれているのかもしれません。でも、やはり夫の死は、とても悲しく耐え難いと、時々、暗い洞穴に入り込んで身動きが取れなくなったりします。

生前の夫~50代死別独身女性

今年60歳で、亡くなった夫と同い年になります。亡くなってから7年の歳月が過ぎました。
生前は夫に頼りきりで、何でも自分で決めることができなかった。夫が後押ししてくれると、安心して行動に移すことができるのです。そして、優しい笑顔で応援してくれたので、心強かったです。

主人と私は、年が15才離れていて、主人からの一目惚れでした。とてもとても大切にしてもらいました!そんな主人を亡くして7年が経ちました。泣いて生きていました。

先日、最愛の人をがんで亡くしました。私の楽しみといえば、毎日の仕事が終わって一緒に晩酌をして、お互いその日にあった出来事、グチなどで呑む時間がとても幸せなひとときでした。定年退職したら、キャンピングカーで旅をするのが夢でした。
今、一人になり、家族、友人は心配して優しくしてくれます。でも何か心のよりどころがなく、「この気持ちは同じ境遇でないと分からないのでは」とか、「この先何を楽しみに、何を目標に生きて行ければいいのか」と考えてしまいます。

「アナタ」へ
今どうしていますか?どんなところにいるのですか?考えても考えても想像がつかない それほど、遠くに行ってしまったんですね。知ってるでしょう 私は毎日、泣いていました。ふっと思いました。私が残って良かったと…。この悲しみ、アナタにはあげたくないから。
そして、新しい家族に犬がやってきました。「命」とかいて「メイ」と名付けました。毎日、ふり回されています。だんだん大きくなる「メイ」を見て アナタと闘った時とは、こんなに違うんだと感じています。時々やって来る寂しさに涙はこらえるようになりました。すぐそばにいるようにも感じ ずーっと遠くにいるようにも感じ。アナタのいないことがとても不思議でなりません。
※久しぶりに主人に手紙を書きたくなりました。

子育てを終えて~50代死別独身女性

浪人時代に知り合った夫と25歳で結婚し、二人の子どもを授かり、共働き生活を続けてきましたが、19年前に夫が小学生の子どもを残して病死しました。
その後は二人の子供を一人前にする事を最優先課題に生きてきました。
今は、子ども達は独立して暮らしています。

夫が亡くなり今年で8年。子供達の成長を励みに頑張ってきましたが、その子供達もどうにか自分の道を歩き始めようとしています。
気づけば仕事と家の往復。家事や雑用に追われる日々。ひとり言や愛犬に語りかける毎日。心の触れ合いが無性に恋しくなってきました。

主人は10年前に亡くなりました。子供は社会人で友達と交流が多くなり、1人取り残されるように感じる事が多くなりました。

子供たちも家庭を持ち、離れ、安心したけど、ふと我に返って寂しさを感じるこの頃です。

主人が5年前に心不全で突然死して、子供たちもそれぞれ、私の元から自立し、娘は来年結婚が決まり、うれしいような、さみしいような。
心にポツカリ穴があいたようで、一人で歩いていても、すごく最近さみしさが、こみあげてきます。

少しづつ友人が出来てきましたが、旦那様のいらっしゃる方が多く、その会話に寂しい思いをすることが多々です。子供等は自立し、戻りません。母親として、一人でも日々楽しく暮らしていることを感じさせたいですし、私自身感じたい。

主人が病気で亡くなって16年目になります。中3、中1、小4だった子どもたちも、今ではその子たちが父親、母親になっています。私の子育ての責任も一段落したのかなと思うようになりました。そして、これからの人生を考えていかなければならないと思うようにもなりました。

主人が亡くなり…母子家庭になりました。成人を迎えた娘と2人暮しです。娘がやがては巣だって行く事を考えると、不安と寂しさを感じる今日この頃です。
友人達にはご主人がおり、これからはご主人と2人で楽しく老後を暮して行く話を聞くと羨ましく、また、主人が生きていてくれたら…と思う日々も多いです。

あまりにもいろんな事がありすぎて、無我夢中でした。一人息子も自分の進む先を目指し大学生となり親元を離れ、 少しほっとしたと同時におひとり様となりました。
主人が亡くなって、共働きから一人になり、再度、学生生活三年、その間仕事の両立をし、今に至ります。

同じ境遇の方へ~50代死別独身女性

体調が悪化し、定年を2年早めて今年の1月末で退職したものですから、従来の人間関係から解放され、新しい関係の中に入ってみたいと思うようになりました。
再婚の意志は無く、しかし、同じ境遇の気の置けない付き合いが望ましいのです。

夫を病気で亡くしました。社会や誰からも必要とされていないような寂しさに、日々心が折れそうです。同じ境遇の方と共感できればと思っております。

去年の春、夫を亡くしました。その年の夏と秋は諸々の手続きや、家の中の事で悲しんでいる間も無く過ぎ、冬になり辺りがやっと静かになった頃、あー、主人はもう居ないんだ、二度と会うことも出来ないんだーと、しみじみ思いました。
それ迄の張り詰めていた思いが、止めどない涙と共に溢れ出しました。何日か泣き続けました。今でも、何かに付けて主人を思い出す度、泣き虫の私はやっぱり泣いています。なるべく思い出さないように、一週間のスケジュールを決め忙しく日々を過ごしていますが、これからの事を思うと、同じ悲しみを体験した人と話してみたいと思うようになりました。そういう方達だと元気なふりをせず、本当の心の内を話して分かってもらえる気がしたからです。

夫は11年前に亡くなりました。子どもたちに支えられながら、ここまで歩んで来ることができました。
夫が元気な時は気づかず、亡くなってから平凡な日々がどんなにか幸せだったか、という事を毎日思って過ごしています。
映画を見たり、コンサートに行ったり、野球の応援に行ったりと楽しく過ごそうとしているのですが、どこかむなしく、心細さが埋まらないのです。他の人たちはどう過ごされているのか、知りたいと思っています。いろんな話をしたり、聞いてみたたりしたいです。

夫が亡くなり、ひとりの食事にも少しづつ慣れてきました。
でも同じ淋しさを知っている「お独り様」の友だちが欲しいなぁ~と思っています。

夫を失い4年になります。それは突然のことでした。それからずっと暗いトンネルを歩いているような気がします。男の子が二人いてまだ学生で一緒に住んでおりますが、それぞれの人生を歩んでいくことでしょう。おひとり様の寂しさは経験した方でないとわかり得ないと思います。

どの様にのり越えていったらいいのでしょう。大切な人を亡くした人たちへ、ぜひ「のり越え方」を教えて下さい。日々、いろいろな書物を読み、からだを動かし、規則正しい生活をしなくては…と心がけてはいるのですが、何をしてもむなしく、一人のさみしさは、たとえ様のない程、苦しみでおそって来ます。
大切な人を亡くした方々でぜひ集いませんか。私はひと様に愚痴をこぼすことがあまりできませんし、好きではありません。同じ境遇の人とぜひお会いしてお話をしてみたいです。

自分自身を振りかえって、いざ語ろうと思ってもとても難しく、日が過ぎました。主人が倒れたまま急逝し10年がすぎました。悲しみはいつも同じところにあり変わることがありません。そんな自分でいいのだと受け入れられたのは、ここ数年の事です。

自分の周りに同じような経験をした方もいませんでしたし、話す事もなく、何気に襲ってくるとてつもない悲しみに一人で泣いたことも何度もありました。ノートに「淋しい」と何ページも何ページも書いて、気持ちのおきどころのなさに一人で向き合うこともありました。時間が解決してくれることも多々ありますが、気持ちを共有できる場はあるといいなと思ってずっと過ごしていました。

周囲のやさしさ~50代死別独身女性

ボランティア団体に十数年前から所属しています。毎年、共に踊り、また普及のために福祉施設や外国の人たちと一緒に踊ったりなどのボランティア活動をしています。顔を合わすのは年に数回くらいです。個人的に親しくお付き合いをしている訳ではありませんが、みんな仲良しで笑い声が絶えることがありません。
夫が亡くなり踊る気力もなくなった時、「いつまでも待っているからね。」と言ってもらい、翌年は何とか踊れるようになりましたが、以前のような明るい笑顔にはなれないでいました。そんな私を温かく受け入れてくれ、やっと、笑顔を取り戻した私のことを皆はとても喜んでくれました。
そんな時、会から私に一つののし袋がプレゼントされました。「笑顔賞」と書いてあったのです。
夫が亡くなったことも、こんなに優しくしてもらったことも、私の人生に必要なことだったのかも知れません。いっぱい泣いた分、いっぱい笑うといいのです。

夫を亡くした翌年から、介護の仕事を始めて、今年丸6年になります。47歳という妙齢?でしたので、自分の物覚えの悪さと記憶力の低下で、仕事を覚えることは、とても大変でした。
最初は何か1つ良い事をしてみようとか、お年寄りを助けようとか、そんな気持ちで始めたのですが、今振り返ると、身体の不自由なお年寄りに助けられていたのは、私のほうでした。夫を亡くした悲しみを充分理解している方が多く、いつの間にか私の悲しみを包み込んで、救いあげられていたように思います。
私の介護の信念は、利用者さんにお世辞を言ったり嘘を言ったりしない事です。認知の重度の方でも、流石に長年生きてきただけあって、私達が信頼のおける者なのかを常に見ていて見破るからです。
一度、ミスをしてしまい、先輩に注意をされたことがありました。それを見ていた、認知の利用者さんが、「貴方のことは私が守ってあげるから、大丈夫」と言ってくれた時は涙が出そうになりました。人と人が繋がっていくということは、片方だけがお世話に成っているのではなく、多面的にみると私も支えてもらっていることに気づかされたりします。
私は銀行とか書店とかの仕事に就いていましたが、介護の仕事が一番自分らしくいられると感じています。仕事は、きれいなものでもないし体力も必要ですが、私は、もしかしたら明日は会えなくなってしまうかもしれないんだなと思いながら、利用者さんたちと悔いなく楽しんで過ごしています。何事も楽しんで過ごせるよう、頑張って参りましょうか。

私の事を考えてくれる友は有り難い事に沢山いてくれます。本当にどれだけ助けてもらった事か。振り返ればいつも寄り添ってくれる友、泣いてくれる友、励まし笑わせてくれる友、支えてくれる友、どれだけの感謝をしても感謝しつくせません。病気にもならずここまでこられたのは皆のお蔭です。
ただ年月が経って来ると無性に悲しく。季節のせいなのでしょうか?涙が止まらなくなります。

主人を亡くし9年目になろうとしています。当時、PTAや町内会、子供のサークルの役員をしていて、そこで知り合った方々に助けていただきました。また同じ住まいの方や管理人さんにも見守っていただき、過ごしてこられました。

お独り様会会員様の寄稿から抜粋しています。

お独り様会
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未婚・離婚・死別の方々が「友達をつくりたい」「結婚相手を見つけたい」「同じ独身の方と気持ちを共有したい」などの目的で入会し、会報、LINE、オフ会、オンラインコミュニティサロンなどを通して日々交流しています。

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