70代以上の死別独身男性の本音

70代以上の死別独身男性からいただいた本音です。
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死別経験~70代以上死別独身男性

昨年、最愛の妻を腹部大動脈瘤の破裂により、手術もできずに5時間で亡くしました。痛かっただろう。意識のあるうちに、お礼とお別れを言いたかった。2週間後の石垣島への旅行予定、結婚記念日、70歳の誕生日の直前で無念だったと思う。
49日までの私は夢遊病者の様でした。妻の喜ぶ顔を見たい一心で働いてきましたが、その目標がなくなり、魂が抜け、寂しく、挫けそうな毎日が続きました。
ようやく、私が元気に過ごすことが妻への供養と考え、健康づくりを心掛けるようになりました。1人暮らしが始まり、ボケてはいられないと同時に、このような辛い思いをさせないように、私の体験、特に健康診断の大切さを高齢者に伝えたいと思っています。

四年前に妻を亡くし、一時はどうなることかと思いました。くも膜下や弁膜症で病院通いはしていましたが、今日、明日のとは考えもしていませんでしたから。ひと月くらいは何も手につかず、ただ茫然と日だけが過ぎていきました。何かしようとしても、ちょっとしたことが分からない。それだけで頭の中が真っ白になってしまうのです。
そんな状態から私を救ってくれたのは、小さな借り農園でした。キュウリやトマト、インゲン等が、雑草の茂みの中で私を待っていました。少しばかり心の中の何かが、洗い流されて行くようでした。
妻を失ってからしばらくの間は、人と会いたくないし、電話にも出たくありませんでした。朝のごみ捨てのときなど、お悔みの挨拶を受けるのが一番苦痛でみじめな気持ちになりました。
でも、菜園に行ったおかげで、この状態から早く抜け出したい、早く普通の精神状態に戻らなければと云う気持ちが強まっていきました。意を決して、休んでいた囲碁の会や、水泳教室に顔を出したのは2ヶ月目くらいだったでしょうか。あとで、仲間から「*さんは立ち直るのが早かった」と云われましたが、一年間は地に足が着いていなかったように思います。時が解決してくれると云う気分も味わうことができました。

壮絶ながん末期治療から助かることなく、…死にたくない!の言葉を残して逝った残像が消えないなか、2年が過ぎつつあります…。孤独に対する無力感と淋しさから、閉じこもり生活…。これでは自らが破滅すると感じて、話し相手を求めています。

昨年、癌と告知され50日目に妻が永遠に旅立ちました。67歳で生涯を閉じました。今になっても気持ちの整理がつかず、受け入れることは出来ません。44年間の結婚生活を振り返ると、悔いの残ることばかりで、夜はなかなか寝つかれずお酒の力を借りる始末です。また、夜中に目を覚ますと、朝方まで眠れないことがしばしばあり、妻の事を思い出しては涙しております。

現在71歳ですが、仕事を離れて5年が過ぎ、一昨年妻が急死したこともあって環境ががらりと変わり、人と話し合う機会が少なくなりました。何か機会を作る必要があるのではないかと思っております。
家の中のことは全て妻に任せていたので、妻が亡くなった後、一番困ったことは食事でした。幸いと思っていましたが、地方への転勤や単身赴任の経験がない事もあって、食事を一度も作ったことが無く困りました。今はそれなりに何とかやっています。
就職し37年間勤務、第二の人生としてさらに5年間就職し、時々ボランティアなどをして70歳からは自由人となりました。これまで仕事も生活も苦労らしい苦労をしたこともなく過ごして来て、妻が亡くなった時が一番こたえました。その後は健康で元気に好きな事をして自由に過ごしております。

最愛の妻は今年なくなりました。何もできなかった自分が悔しい。ただ家内の右手を握りしめ、奇跡が起きるのを願っていました。
私は遺品を見るのがつらく、猛スピード遺品整理をしました。妻に、私の母の面倒を見てもらった恩返しをしたいという目標がなくなり、魂が抜けたようであります。
一日中一言も話さない日もあり、寂しく、くじけそうになったり、正直なところいつまで頑張れるか自信がない毎日であります。「一人になれば何とか出来るさ」と豪語していましたが、思い知らされました。仕事人間で、炊飯・洗濯などの家事は何もできず、不器用と無力さを感じています。

今年、54年間連れ添った妻が、突然彼岸の彼方へ旅立ちました。妻を亡くした哀しみから心身のダメージが大きく、ひとりで、家に引きこもる毎日です。呆然自失の生活から立ち直る機会が得られればと思います。

死別後の暮らし~70代以上死別独身男性

妻を病気で失い、今日まで孤独でわびしい日々を過ごしてまいりました。そして気がつくと、早や10年余の歳月が流れていました。
一人娘は29年前に嫁がせました。幸い近郊なので何かと心強く思っています。しかし、娘には義理のご両親がいらっしゃるので、私は常々、自分の身は自分で何とかするから、そちらのお父さん、お母さんを大切にしなさいと申し、あえて娘に余計な心配・負担をさせないように考えています。
いま、あらためて過ぎた年月を振り返ると、さまざまな出来事が走馬灯のように脳裏をかすめ、また巡ります。本当にここまで来るのは長かったと実感しています。
妻は闘病生活3年。二人三脚で、ひたすら回復を唯一の目標として夢中で療養介護に努めてまいりましたが、残念ながらその願いはついに叶うことはなかったのです。その時の精神的衝撃は非常に大きく、胃腸障害や不眠症など体調に異変が生じました。
でも、長い時の流れや経過によって徐々に孤独の生活にも慣れ、今は何の不思議も疑問もなく、ひたすら自身の体調管理に専念している今日この頃です。しかし、加年とともに気力や体力が弱まり、つい臆病になってしまい、さらに寂しさが募ってくるような気がしてなりません。
最近は私のような孤独者を取りあげた報道、本の記事が多く、その殆どが私の想いと同様です。拝見し、私はこれまで多分に本音を隠し、平静を保って無理をしてきたような気がいたしました。世間には私と同じ境遇の方々が数多く、孤独に苛まれながら健気に頑張っていることを知り、男女の差こそあれ、その苦しみや寂しさは誰もが同じで、これからはもっと素直に胸襟を開き、同じ悩みや苦境を語らい、少しでも目の前が明るくなるような生き方をしていこうと考えました。

妻を天国に送って7年目になった。留守番をしながら面倒を見ていた孫たちも高校生、大学生となり、言葉をかわすこともほとんどなくなった。
お独り様の毎日が続くようになった。時間がたくさんあるので、有名人の講演会、オーケストラのコンサート、野球の応援、名所めぐりのバスツアー等々に数多く参加して日々を過ごすようになった。参加した行事はどれも心に触れる感動や感激を与えるものばかりであった。
まっすぐ家に帰る気持ちになれず、一人で喫茶店に入って、コーヒーを味わいながら感動した場面を振り返って静かに思いにふけるのが常であった。誰かに聞いてほしい、歓びを伝えたいと思うが、同伴する人がいないのが淋しい事である。誰かがいたらな、といつも思うのである。
最近世の中が少しずつ変わってきたように思う。温泉旅行でも、一人一室を同料金で宿泊できるとか、バスツアーでも追加料金払えば一名でも参加できるし、「一人旅」専用のバスツアーが実施され人気を呼んでいる。

“お独り様ってこんなに大変なものなのか”とやっと実感できるようになった。55年間つれ添ってきた妻が肺がんで逝ってしまったのだ。私にとっては人生最大のピンチの年になって、暮れようとしている。四十九日の法要を終えたら、名実共にお独り様の暮らしになる。

同居していた次女の一家5人が、近くですが新居を構えて転居していきました。賑やか過ぎると思っていた家の中は、火が消えたように静かになってしまいました。この時から私は文字通りのお独り様になってしまいました。
がらんとした空き部屋がたくさんできました。ここに誰か来てくれないかな!と期待するのは無理な願いですね!淋しい単調な生活が続いていくことは体調にもよくないので、何か生き甲斐のもてる目当てを持たなくてはと思いました。空き部屋が利用できることで思いついたのは、植物を育てる事でした。植物は生き物なので、人と気持ちを伝えあうことができます。水が欲しいよ!水が多すぎるよ!肥料が足りないよ!肥料が多すぎるよ!植物は葉の色や艶、伸びる勢いやしおれてしまう容態によって気持ちを表しているのです。植物と会話をしながら過ごしていくと淋しくないと思いました。
そこで、以前に成功したことのある「パイナップル」の栽培に挑戦してみようと思いつきました。「パイナップル」を育てるためには日当たりのよい南側の空間と、冬期間の室温が20℃以上必要になります。また、開花し結実するまでには3~4年位かかりますが、何とか実らせたいと頑張るつもりです。まずは自分の健康と規則正しい生活を続けることを大切にしたいと思います。

妻と死別しちょうど2年半となります。そろそろ先々の事も考え、何か行動したいと思います。今はまだ元気ですが、子供達も近くにおらず、将来安否確認も必要です。

定年を迎え、子供は出来なかったので、これからの余生をどう生きるか妻と相談の結果、若い頃から人生の楽園を森の中に求めたい夢があったため、私の我を通して*町の山麓に移住。夢が叶い、谷川のせせらぎを利用する水車をこしらえたりのアウトドア、車をキャンピングカーに自作改造して温泉巡りやオートキャンプなど趣味三昧の毎日で人生の楽園を謳歌していました。
しかし、わずか7年後に、健康体を誇示していた妻が突然のくも膜下出血で急死。奈落の底に落ちるが如く、哀れな独居老人と化しました。
時は流れ、それからさらに7年現在では立ち直り、特に好きな車旅行を車中泊で温泉巡り、オートキャンプの独り旅を楽しんで?います。しかし、如何せん楽しんでいるとは言いながら、独り身の侘しさは筆舌に尽くし難いものがあります。好き好んで森の中に移り住んだとは言いながら、男ヤモメには酷な余生です。
森の中なので薪が豊富です。今も赤々と燃える暖炉の前で書いていますが、いつまで続けられるやら…。

昨年春、妻を癌で失い、残された義母と二人で毎日を過ごしています。与えられた条件の中でも元気に生きなければ…と思いますが、追慕の念も激しいです。
若い時の独身と違って、この年になっての一人暮らし(正確には義母と二人ですが、気分は一人)はこたえますし、気分も鬱々となります。
一人の食事も味気なく、世の動きや季節にも鈍感になり、このような無気力な自分に腹を立てています。でも同時に、なんとかこれからの人生をそれなりに有意義に、楽しく、自分らしく、元気に生きていかなければ、とも思っています。

妻が病気のため死亡。バリアフリーの家を新築したのですが残念ながら亡くなり、現在は一人で住んでいる。

思うこと~70代以上死別独身男性

独り者なので死んだ時に迷惑になるのではないかと思い、連絡網があればと思っています。
人は長生きしなければならない、そして長生きした人間がするのがボランティアであると考えています。

私にとって「妻」とは空気みたいな存在、なくては困るが在ってあたりまえと思っていた。が、ちょっと違ったらしい。私が話したいときはいつも居てくれた都合のいい人(もちろん彼女は不満だった。「あんた勝手すぎるでしょ」と)。
私の居場所は何処だろう。渡辺和子さん~置かれた場所で咲きなさい~、上野千鶴子さん~男おひとりさま道~「何より男おひとりさまには、私たち女性の幸せのためにも、ひとりで生きのびてもらわなくては困るのだ」とありました。

妻と死別したのは10余年前…。古希(70歳)になった独居生活者である。傘寿80歳まで元気の予定(父母は米寿88歳まで自活していた事が拠り所…あやふやではある)。元気であろう向こう10年間、何をしたいのか、何をするのか…漠然としている。現在の自活生活にそれ程の不自由は感じない。自炊もそれ程、苦にならない。
ただ、自ら対処出来ない事が突然身に起きた時にどうするか?…近くに娘はいるが、おそらく近々転勤の夫と共に離れるであろう。県内に身内がいなくなる。若干の不安が募る。

幼い頃の遠い日の哀しみを今のことのように思い出しました。それは母の誕生日でした。当時は何もない時代でしたので、誰かの誕生日はご馳走がたくさんつく、待ち遠しい楽しみな日でした。みんなの楽しみにしていた母の誕生日に、3歳になった妹は具合が悪くて、朝から寝たまま休んでおりました。早く良くなればいいな、
と心の中で祈っておりました。
しかし、昼になっても夕方になっても、とうとう夜になっても、少しも良くなりませんでした。お母さんの誕生日は妹が治ってからする、という母の言葉で、男兄弟3人は気にしながら寝床につきました。
次の日の朝、目が覚めた時、母が来て、「妹が死んだのよ。服を着ておいで」と言われました。妹はきれいな着物を着て帯を締めて、お腹の上に手を組んで静かに目を閉じておりました。髪は整えられて、顔は、おしろいと口紅で本当にきれいにお化粧されておりました。きれいなお人形さんのようでした。
「お兄ちゃんたちだよ。わかるの!」 と母が声をかけても黙っているだけでした。医者もいない。薬もない。1日での死でした。病名は「エキリ」でした。満州のお寺に預けられた遺骨は、引き揚げの時に持ち帰れませんでした。

希望~70代以上死別独身男性

今思うことは、亡き妻との思い出は思い出として大切にしたいということ。未来の思い出を作るために「一生あなたの傍にいたい」と云ってくれるパートナーとめぐり逢い、お金のかからないお洒落をして、最後には眠るように逝きたいと願っております。

二十数年前に出逢った一編の詩を再読して、心を新たにしたいと思っています。
青春とは人生のある期間ではなく
の持ちかたを言う
・・・・
怯懦(きょうだ)を退ける勇気
安易を振り捨てる冒険心を意味する
・・・・
年を重ねただけでは人は老いない
理想を失うとき初めて老いる
・・・・
(サムエル・ウルマン「青春」より抜粋)

健康~70代以上死別独身男性

健康について考える委員会の市民代表委員の募集があり、一念発起して応募し、論文や面接を受けて合格しました。その際に学んだ事は、平均寿命よりも、自立し健康に生活できる健康寿命を延ばす事でした。男性の場合は平均寿命と健康寿命は9年の差、女性の場合は13年の差があります。平均寿命は死期、健康寿命は自立し健康に生活できる期間のこと。この差がゼロの状態のピンピン・コロリの終末を願っています。そうなれば医療費の抑制、家族の負担もなくなる。その為の近道は健康づくりにあります。
特に、妻の急死は、この計画を読んでいなく健康診断を疎かにした為と悔やんでいます。今後は健康診断の励行、ウォーキング、野菜を多くし塩分の少ない食事、睡眠、生活習慣(食事の時間・就寝・起床) の改善と取組みに邁進しようと思っています。そしてあと5年間、寝たきりや介護が必要にならないように、また、ボケないように過ごし、79歳でピンピン・コロリで、天寿を全うする事を願っています。

お独り様暮しの淋しさを紛らわすために家庭菜園が大変役に立っています。わずか10坪ほどの小さな畑ですが、いろいろな種類の野菜類が順々に育っていて、その時々の新鮮な栄養を提供してくれます。
春一番は「フキノトウ」が芽を出してくれます。フキノトウが育って「京ブキ」が良い香りを食膳に添えてくれます。
「二十日大根(ラディッシュ)」の酢の物、「ホウレンソウ」のみそ汁、つづいて「サヤエンドウ」を茹でてマヨネーズで食べるのが何よりの楽しみです。どんどん育つので毎日のように食べています。続いて「ササゲ」が採れるようになります。そのうちに「キュウリ」が大きくなり、一株植えても一人では食べきれません。「トマト」「ピーマン」に早く食べてと催促されるようになります。
「ジャガイモ」も土の中で出番を待っているのが目につきます。
春になると畑の耕作を始めます。堆肥を混ぜ、畝(うね)を耕して種まきをするのが楽しみです。込み合った芽を間引きして、大きく育つように手を加えます。草取りと追肥に休む暇なくお付き合いをさせられます。
このように、家庭菜園は人生の伴侶といってもよいほどの友達ではないでしょうか。これが私の健康の秘訣だと思っています。

4年半前に妻に先立たれ、以来一人寂しく生活しています。突然のことでしたので、家事をしたこともなければ何がどこに有るかも分からず途方にくれました。キッチンに立ったことも無く、食事を作る術を知りませんでした。
現在は何とか自分流に食べられるようになりました。一人になって身体に変化が出てきました。それは不眠症という恐ろしい症状と、何日も人と言葉を交わさない日が続くと声が出づらくなったことです。以前はカラオケ大好きだったのに、歌が歌えなくなってしまいました。不眠症は、病院へ行くと眠剤を出すだけでした。
不眠は身体に悪いと思い、漢方薬や風呂に入る時間を調節したり、寝る時間を早くしたり遅くしたり、自分なりに工夫をして約2年がかりで、ようやく何とか眠れるようになりました。
家にいてもマイナス思考になってしまうといけないと思い、出来るだけ外に出るように心がけていますが、結局買い物をするだけになってしまいます。

心がけ~70代以上死別独身男性

妻はガンで死す。子供3名(男1、女2)独立。孫6名。私は一人暮しで元気です。これからも元気で、子供たちの負担にならない生活を続けていきます。
一人生活も慣れてきました。早いもので10年になります。
子供達が良く気配りしてくれています。これも妻が、生前に子供に良い生活をしっかり教えていたためと、亡き妻に感謝しています。今後も子供、孫に尽くして行きます。親が良い見本を示してあげないと、と人の悪口を言わず、良いことは話して、他人に喜ばれる生活をすべきです。

私の父は幼少のころ、父母(私の祖父母)と死別し、5人の子供たちは伯父の家で、伯父の家の5人の子供たちと一緒に育てられたそうです。年長であった父は、みんなの面倒を見ながら、用事を足したり、お手伝いをしたりで、自分のことはいつも最後になって苦労が多かったようです。
父は、他人には大変優しく親切で面倒見の良い人で、人の世話をして人々から感謝されていました。この父は、私が大学4年の時に53才でこの世を去りました。病弱な母と、在学中の4人の子供を残しての旅立ちは、さぞ無念の思いだったことと思います。
父の私達子供に対する口癖は、「損して得取れ」「他人のために労を惜しむな」ということでした。用事を言いつけられて兄弟で押し付け合うと、必ずのように「損して得取れの気持ちを持たなければだめだ。他人のために進んで用事を果たすことは、後で必ず良いことがある。仕事をして損をすることはないのだ」ということを言われました。
今になって振り返ってみると、他人のために仕事をした時に「損なことだ」と思ってしていたことが、後になって多くの人々から感謝されたり、望んでいた難しいことが叶えられたり、と得をしたことが多いと気づかされます。

「常にベストを尽くせ!」これは、わたしの「座右の銘」としている大切な言葉です。
「座右の銘」とは常に自分の心に留めておいて、自分に対して命令したり、戒めたり、励ましとする「格言」のことです。自分の人生の道しるべ、自分のめざす目標として自分の歩む道を照らして行く大事な灯です。とても大きな目あてであって、絞りきれないと思われるかもしれませんが、類別して具体化するとわかりやすいかもしれません。
ベストを尽くすのは、まじめで成果を期待する分野に限ると辛くなります。私は遊ぶ時に、遊ぶことにベストを尽くすべきであると思っておるのです。カラオケで歌うときは唄うことに、卓球をするときはボールを打ち込むことに、ウォーキングをするときは歩くことに、ベストを尽くすことが良いと思うのです。
大事なのは、自分が行うことに集中して取り組む気持ちや行いではないでしょうか。何事にも自分から前へ出ていくこと、進んで参加することです。引っこんでいてはだめ、見ているだけでは進歩がありません。我々の年齢はいつまでも若くはありません。体力や気力にも限りがあります。

寂しい~70代以上死別独身男性

1人暮らしで淋しく、話し相手や共通の趣味等の仲間(友達)が欲しいです。

妻をわずか3週間の入院で亡くしました。妻には子供を産み育て、教育など家の管理を全部しながら子供を立派な社会人として送り出してもらいました。男性には出来ない女性の偉大さを痛感しております。
今は一人の生活が続いております。働いている時に約10年間の単身赴任生活を経験し、料理、洗濯など出来ますが、家で一人の時に話し相手が居ないのが一番さびしい時です。

友達~70代以上死別独身男性

5年前に母を看取り、3年前には一人息子を亡くしました。昨年は姉、兄、そして妻を亡くしました。友も少なく、また、それぞれに家庭もあるので付き合いにも限度があります。

後期高齢者の年齢になり、お独り様の生活中です。もう少しの年数を男女の触れ合いの場に参加したいです。

死別して今年7回忌を済ませました。旅行をするにも、温泉に行くのも、食事に行くのも一人では何となく気が進みません。誰か一緒に行ける友達もいません。

一人になって話すことが少なく、ひとりでも多くの方と話したい。

考えてみるとこの数年で、身内やら近しかった友人たちが、次々と他界していった。自分が、そんな年令になったということなのだろう。

子供がいない中、妻を亡くしお独り様になりました。趣味(カラオケ、軽登山、温泉)等を通じて友達が出来れば良いなと思っています。

パートナー~70代以上死別独身男性

私は71才です。現役の時はに乗っていて58才で船を降りました。現在は年金生活です。
妻は死別です。温泉とドライブが大好きです。酒はビール1缶です。生活には困りません。家は36坪の家に住んでおります。
話し相手いないですか。子供3人、孫5人おります。結婚する相手いないですか。

妻を亡くして15年経ちました。話し相手になってくれる女性と知り合いたいと思っています。

一人の大変さ~70代以上死別独身男性

妻をガンでなくし一人になった。日々生活するなかで、一人の生活の大変さを感じてきた。

人間一人では生きていけませんので、新しい人間関係を持ちたいと思います。趣味趣向が同じ方がいらっしゃればお付き合いをさせていただきたいと思います。
ゴルフは今まで50年やってきましたが、仲間が減ったことで昨年でクラブを置きました。私は今のところ健康です。旅行も年1回のヨーロッパ、年数回の国内旅行に行っています。海外旅行は言葉の壁がありツアーに頼りますが、国内はどこへでも一人でプランをたてて、シニア空割を利用して出かけています。

前向きに~70代以上死別独身男性

妻と死別して7回忌も終わりましたので、のステップに進みたいと思います。

子供のころは「巨人」「大鵬」「卵焼き」の時代ですから、趣味は相撲と野球。それから、高校生の時にゴルフのキャディのアルバイトをしたことで、社会人になってしばらくしてから、当時はまだ贅沢と言われていたゴルフを始めました。これがきっかけとなったかどうかわかりませんが、最後の職場はゴルフ場でした。このゴルフ場に勤務しているときに、若気の至りでゴルフ関連を出版しましたがほとんど売れませんでした(笑)。もし希望される方がいらっしゃいましたら無料で差し上げます。
今は身体を壊してゴルフを卒業し、パークゴルフを楽しんでいます。パークゴルフも奥が深く難しいスポーツです。

同じ経験をした仲間~70代以上死別独身男性

配偶者を失った人でないと解らない悲しみを分かち合う場があったらなあ、と思っていました。

【永久に青春!】が私のモットーです。夢の活力の源泉は、恋・愛です。世界の人口は、約70億人と推定されています。しかし、視点を変えると、基本的には「男・女」の二人です。両性が互いに向き合い、その存在を感じあったとき、生と死が隣り合わせの高齢者の人生に、生への活力、夢の希求がみなぎってきます! 「絆」が寄り合って一体となったとき、明日へ向かう意欲・情熱が、二人の背中を押してくれる…これが高齢者の恋・愛である、と思っています。
「孤独・孤立」そんな言葉に惑わされたくない。健康寿命をめざし、両性の絆をより合わせ、育て上げながら、お互いの存在感を大切に、手をとり合い、日々を楽しく、幸せ感を噛みしめながら生きていきたいですね!
「結婚未満」という言葉を目にします。社会的・法的契約に束縛されない不安定な関係であるだけに、両性の「誠意」が要求されます。絶えまぬエネルギーの燃焼が必要です。そこには一種の緊張感・新鮮さが横たわっています。それが生きることへの意欲・希望の源流であり、「愛」である…と思います。
「性」について…「性」は人生の起点であり、生へ向けられた心のコミュニケーションと考えます。心と生の合体であると思います。

皆様は、これまでの様々な厳しい生活に耐えて、力強く生き抜いてこられたことと思います。
この厳しさに耐えることが力の源になって、これからの人生の幹を太くし、枝を伸ばし、多くの葉をつけて、やがて美しい大きな花を咲かせるよう、期待と希望を持って生き抜いてまいりましょう。

お独り様について考えてみました。お独り様は淋しい、不安である、物足りない。一日中一言も話をしないで終わることがある。どうしてもマイナス面が表に強く出てきます。
では、プラス面はないのでしょうか。
お独り様には自由があると思います。お独り様は自分で考え、自分で判断し、自分で行動することができます。お独り様はいつもマイペースで予定を立てて、行動することが可能です。何でもできる良い身分ではないでしょうか。
ただ、待っていたり、 黙っていたり、他人に頼っていては進展がありません。何でも自由にできる存在ですから、積極的に自分から進んで参加していかなければならないと思います。

お独り様会会員様の寄稿から抜粋しています。

お独り様会
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